◆folQd47dMc<>sage saga<>2012/10/26(金) 22:41:20.55 ID:BXNU6fCwo<>

――その日目覚めた私が真っ先に目にしたのは、真っ白い天井だった。


「ん……?」


自分が寝ているんだということはすぐにわかったので、上半身を起こす。
直後から目に入ってくる白を基調とした部屋の色は病室を思わせる。
周囲を見渡してみると、実際私の寝ていたベッドは柵があったりしていつかどこかで見た病室のものと酷似していたし、そのベッドの隣の小さな棚には花瓶が置いてあった。
どうやらここは確かに病室で、私は見舞われる側の存在。それは間違いないらしい。

次に、さっきから目に入っていた別のものに意識を向ける。
別のもの、という言い方は少し酷いかもしれない。私が身体を起こした時から、ずっと心配そうな驚いたような顔で私を見ている、二人の大人。


「ゆ、い……?」


メガネをかけた短髪の男性が、私に向かって呆然と口を開く。
その隣で、長めの茶髪の女性が感極まったかのように涙を溢れさせて口元を押さえる。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1351258880
<>唯「光を喰らう魔物」
◆folQd47dMc<>sage saga<>2012/10/26(金) 22:52:06.15 ID:BXNU6fCwo<>
そして、もう一人。


「んっ……」


私の足元あたりに、うつ伏せて眠っている女の子。
長い黒髪を頭の左右でまとめた、可愛らしい髪形をした女の子。


「あ、梓ちゃん! 梓ちゃん! ゆ、唯が、唯が!」

「んぅ……へ……?」


茶髪の女性に揺さぶられ、その子が目を覚ます。


「………………」


その子はしばらく眠そうな瞳で私を見つめ続けたけど、数秒か数十秒か経った後に瞳に涙を滲ませ、抱きついてきた。


「良かった…良かった…! もう会えないかと思いました、唯先輩…!!」

「………」


私はその子を愛しく思いつつも、それに返す言葉を持たなかった。
その理由は、とても簡単で単純なこと。

わからなかったから。

どうして、私はここにいるのか。
どうして、この子はここにいるのか。
そして――


「……あなたは、誰ですか?」

「……えっ…?」


キミが誰なのか、私が誰なのか。あの人達は誰なのか。

……全部、わからなかった。

<>
◆folQd47dMc<>sage saga<>2012/10/26(金) 23:09:09.00 ID:BXNU6fCwo<>
◆◆


――短髪の男性がお医者さんを呼んできて、長髪の女性がどこかに電話をかけて、私の周囲にはあっという間に人が増えた。


医者「……少し様子を見てみよう。調子が悪くなったらすぐに言いなさい。それまでは皆と話しているといい」

唯「はい……」

梓「………」


私の名前が『唯』であることは、さっきのやりとりで察していた。
あと、私の傍らに寄り添って離れないこの小さな女の子の名前が『梓ちゃん』であることも。

……もっとも、それはわかったところで私にとっては誰も彼もみんな『見知らぬ人』であって、怖い相手ではある。
ずっとくっついてるこの子はなんとなく妹のように見えて可愛いけれど、それでも素性がわからない以上、「どうしてくっつくの?」とかは聞けなかった。
周囲の人達にも何を言えばいいのかわからない。私には、この人達が何者なのか予想すらつかない。自分とどの程度の関係なのかさえも。

だから私は、この人達を警戒せざるをえなかった。悪い人には見えない、けど、何もわからない。だからしょうがないと思う。
そんな私に対して、周囲の皆は戸惑いのような寂しがるような表情を見せながらそれぞれ名前だけ自己紹介をしてくれた。
そしてその後、


律「記憶がない、って? 大変だな、唯」


カチューシャをつけた女の子が私に顔を寄せながら軽く言う。
田井中 律さん。この軽いノリだけじゃなくて真っ先に私に話しかけてきたあたりを見ても、ムードメーカー的な存在なのだろうか。


澪「軽く言うなよ……唯本人の不安もわかってやれ、律」


その隣に遅れて並ぶ、端正な顔立ちの黒髪長髪の女の子。
秋山 澪さん。大人びて見えて、ムードメーカーの人につきもののブレーキ役なのかな、と思った。


紬「……唯ちゃん、困ったことがあったらなんでも言ってね?」


ふわっとした雰囲気を放ちながらも、どこか芯のある優しさを向けてきてくれる金髪気味の上品な長髪の女の子。
琴吹 紬さん。私を案じてくれているのがまっすぐ伝わってきて、どことなく「育ちがいいのかな」なんて思ってしまった。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/10/26(金) 23:15:37.63 ID:fSgJ53Lp0<> おいおい、また死ねたあり、鬱展開の仲間内バトル物SSかい?
いい加減、鬱展開物は勘弁して欲しいね。 <>
◆folQd47dMc<>sage saga<>2012/10/26(金) 23:16:26.02 ID:BXNU6fCwo<>

唯「……ありがとうございます。よく思い出せませんけど……心配かけたんですよね? 私」


少なくとも、皆がそれぞれに私を心配してくれていたのは確かだと思ったからお礼を言う。
何も思い出せないけど、この人達は多分、いや、ほぼ間違いなく悪い人達じゃない。
私との関係は、まだわからないけど……


律「……敬語なんてやめろよな。同級生だろ、私達」

澪「記憶がないって言ってるだろ……」

紬「じゃあ、次は唯ちゃん――あなたのことと、そこの梓ちゃんのこと、でいい?」


尋ねたのは、その話をしていいか、という意味だろう。
私自身のことも当然気になるし、この梓ちゃんのことも気になるから私はすぐに頷いた。
特に梓ちゃんは、ずっと私の隣にいるのにあれから一言も言葉を発さない。ずっと隣にいてくれる程度には、私に対して何か思うところがあるはずなのに。

私が目覚めた時も、そばにいてくれたのに。
私が目覚めたことを喜んで、抱きしめてくれたのに。

だから私は先にこの子の説明のほうを求めた。澪さんが軽く頷き、言う。


澪「その子は中野 梓。私達の1つ下の後輩で、唯のことを慕っていたよ」

梓「………」

梓ちゃんは俯き、私に顔を見せないようにしながらも私の服の袖を摘んだ。
そういえば私のこの服は病院着…って言っていいのかな、とかどうでもいいことを考えながらも、その行動を可愛いと思った。
年下らしいし、どこか放っておけない子なんだろうか、とさえ思った。けど、


律「……慕ってる、なんて言われたら素直じゃない言葉の1つや2つや3つ、飛ばす奴だったんだけどなぁ」


どうやら実際は真逆の子だったらしい。
それほどまでにこの子が変わってしまったのは……私のせい、なんだろうか。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/10/26(金) 23:19:20.47 ID:y8tihXdSO<> 地の文が冗長すぎやしないか? <>
◆folQd47dMc<>sage saga<>2012/10/26(金) 23:33:11.61 ID:BXNU6fCwo<>

紬「……そして、あなたは平沢 唯。私たちの、大事な大事な仲間」

唯「仲間……」


そう言われると、記憶はなくても嬉しくなる。真っ先にそう言ってもらえたから余計に。
そして言ってもらえたからというわけではないけど、私のために親身になってくれるこの人達を、私は信じたいと思い始めていた。
早計かな? でも、この人達は疑いたくない。なぜかそんな気持ちばかりが溢れてくる。


澪「私たちは、5人でバンドをしてたんだ。つまり正確に言えばこの5人は軽音楽部の仲間、だ」

唯「軽音楽部…?」

律「そ。軽い音楽って書いてさ。軽ーくお茶飲んでお菓子食べてバンドする。そんな部活の一員だったんだ、お前は」

澪「……いろいろ言いたいけど、今言ってもしょうがないか」


澪さんが不服そうに嘆息する。それを見て紬さんが苦笑する。
なんとなく、こんな空気が日常だったのかな、って思う。この人達の、そして、私の。
でも、記憶の無い私は確かめておかないといけない。一つ一つ、気になったことを。納得できないことを。
決して疑うわけじゃなくて、ハッキリさせておきたいだけ。ついでに何かいろいろ思い出すかもしれないし。


唯「……それ、本当ですか?」

紬「うん」

律「嘘を言うわけないだろ。みんな唯のこと、大事な仲間だって思ってる」

澪「そうだ。そこだけは絶対に――」

唯「あ、いえ、そこじゃなくて」

澪「……ん?」


唯「そんないい加減な部活が、本当にあるんですか?」

<>
◆folQd47dMc<>sage saga<>2012/10/26(金) 23:47:48.92 ID:BXNU6fCwo<>



――あるらしい。あったらしい。私もしっかり堪能していたらしい。
というか、私はそのお茶とお菓子に釣られて入部したようなものらしい。

とりあえず、私のさっきの言葉にたいそうショックを受けたらしい3人から私とその周囲のことについては1から100までを熱く教えてもらった。
私の名前が『平沢 唯』であること。そして、先程から紹介のない、目覚めて最初に私が目にした三人のうちの二人、一回りほど年上の男性と女性。彼らが両親であること。
このあたりまではなんとなく察していたけど、そこから先は本当に知らないこと、いや、忘れたことばかりだった。


澪「私達は桜が丘女子高等学校の三年生だ」


たとえば、私が高校三年生であること。
今はどうも春のようだから受験を控えた学年といっても慌てる必要はなさそうだ。
けど、こうして会話もできて普通に頭も回っているはずなのに自分の年齢に思い至らなかったことは多少ショックだった。


律「ちなみに、クラスにはこんな奴らがいる」


この場にいない周囲の人、クラスメイトとか先生とかの写真も見せてもらいながら説明したけど、誰一人として思い出せなかった。
付き合いの長い短いに関わらず、誰一人として、だ。
これもなかなかにショックだったけれど、どちらかといえば思い出せないことそのものより、縋れる人がいないことにショックを受けていたように思う。
誰か一人でも覚えていれば、その人に助けを求めていたと思うから。それができないということは、私は一人ぼっちということだから。
……だから、まずは今周囲にいてくれるこの人達のことを思い出すべきなんだろう。


紬「部活での私達のことも聞く?」


聞く限りでは私は部活ではギターをやっていたらしい。
相変わらず隣にいる梓ちゃんと一緒の楽器を、ベースの澪さんとドラムの律さんとキーボードの紬さんの旋律に乗せて。
ついでに、私はギターに『ギー太』と名づけて可愛がっていたらしい。実感は沸かないけど、名前をつけるのは愛着が沸いていいことなんじゃないかな、とは思う。

さらに――というかこれは完全に余談だけど、そんな説明を受けたり会話したりのうちで何度も律さんに言葉遣いを注意された。
正確には言葉遣いと呼び方、だ。「唯らしくない」とのこと。
言葉遣いは、確かに同級生に敬語はどうかと思うので改めようと思う。でも呼び方はどことなくしっくりこないから「努力する」と答えた。
寂しそうな顔をされたけど、仕方ないと思う。
ここにいる皆が悪い人だとは思わない。けど、私は誰よりも私がわからない。そんな呼び方をする人だったのかなんてわからない。
誰にでもそういう呼び方をする人だったと聞くけど、きっとそれは積み重なった時間が作り上げた『平沢 唯』の人格。
私には――積み重ねたはずの時間を思い出せない私には、『平沢 唯』のような振る舞いは、出来る気がしなかった。

<>
◆folQd47dMc<>sage saga<>2012/10/27(土) 00:01:41.61 ID:0D8xNDL5o<>

――そして。

語られ通しで時が流れ、カーテンから透ける茜色に染まりつつある白い病室で、もっとも重要なことに私の方から触れる。


唯「――私は……どうしてこんなことになってるの?」


皆が、一斉に口を噤んだ。
さっきまで五月蝿いほどに語り通しだった皆が、一斉に。


澪「………」

律「………」

紬「………ちょっと、待っててね」


しばらくの沈黙の後、紬さんがそっと席を立ち、私の両親の隣に立つ白衣のお医者さんのところへと歩を進めた。
私も他の皆も、それを視線で追うことしか出来なかった。理由は私と皆では違うはずだけど。

二人だけで小声で何かを話し合った後、お医者さんがこちらへと歩み寄ってくる。
少し後ろを歩く紬さんの曇った表情と、そもそも小声で話し合わないといけないような事だという事実が、私の心を重くする。
きっと、かなり言いにくいような事情があるんだろうな。


医者「……平沢さん、君が記憶を失っている理由についてだが」

唯「……はい」

医者「まず先に言っておく。君は信じないだろう。だがこちらとしても言葉を選んだところでどうにもならないのは察して欲しい」


淡々とした大人の男性の物言いが、嫌な予感を倍増させる。
思わず生唾を飲み、しかし次の言葉を黙って待った。
どれほど衝撃的な言葉が発せられるのか、予想すら出来なかったけど――


医者「――君は……『魔物』に襲われたんだ」


<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長屋)<>sage<>2012/10/27(土) 00:05:08.62 ID:9u8FC2qwo<> あははwwwwwwこりゃ面白いやwwwwww <> ◆folQd47dMc<>sage saga<>2012/10/27(土) 00:08:25.83 ID:0D8xNDL5o<> とりあえずここまで
寝る <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/10/27(土) 01:45:56.84 ID:mC6kqnOIO<> 素直につまらないと書いておこう <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)<>sage<>2012/10/27(土) 01:58:49.21 ID:tBOACjLio<> こっからだろ
まあ叩かれるのが怖いなら魔物と呼ばれる殺人鬼とかにでもすりゃ回避可能だしな
ともかく文章、シチュは好きなんで続き待ってる <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/10/27(土) 13:49:14.25 ID:b1OW5lGDO<> 期待してる <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(香川県)<>saga<>2012/10/27(土) 22:27:33.67 ID:oPmuynqro<> 娘が倒れたのに親すら来ないのって不自然過ぎるって考えたことある? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/10/27(土) 22:32:38.16 ID:WeT/qknSO<> SSなんだからそんなとこツッコムなよ、って擁護が来るぞ
ただでさえけいおんSSは原作無視が当たり前なんだから <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/10/27(土) 22:36:58.83 ID:o2Sd9gcao<> >>15
>>8
>私の名前が『平沢 唯』であること。そして、先程から紹介のない、目覚めて最初に私が目にした三人のうちの二人、一回りほど年上の男性と女性。彼らが両親であること。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/10/28(日) 01:27:55.77 ID:A90n9tML0<> なんだよ面白そうじゃないか

憂はどうした? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/10/28(日) 08:17:51.17 ID:gb1dpAxF0<> つっこむのはいいけど>>15や>>16みたいな読解力のない人は黙ってて欲しい <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/10/28(日) 11:48:20.77 ID:0V70rPlQ0<>
ルーミア「光を喰らうのかー」

いや、魔物じゃなくて妖怪だというのも、作品が違うのも分かっちゃいるが <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/10/29(月) 10:50:16.25 ID:zrYzCOnvo<> 唯記憶喪失ネタはまぁありがちかもだけど、導入部はおもしろいな。
梓が唯につきっきりってことを考えると、キーは梓ぽい。
なんにせよ続けてもらえるとありがたいです。 <>
◆folQd47dMc<>sage<>2012/10/30(火) 21:29:25.97 ID:3+PUB1nGo<>


唯「……は?」


は?


医者「比喩ではなく、『魔物』だ。人は理解の及ばないモノをそう呼ぶ」

唯「え、いや、えっと、そこに疑問を持っての「は?」ではなくですね………つ、紬さん?」

紬「………」

唯「律、さん?」

律「………」

唯「…澪さん」

澪「………」


誰か一人でも「冗談だよ」と言ってくれないかと期待したけど、そんなことはなかった。
皆の沈痛な表情が、言葉以上に教えてくれている。


唯「……本当、なんですか」

医者「信じられない気持ちはわかる」

唯「………」


もう一度、周囲を見渡す。
でも、誰一人として私の求める顔はしていなかった。

<>
◆folQd47dMc<>sage<>2012/10/30(火) 21:31:20.49 ID:3+PUB1nGo<>

唯「……信じられません。けど、信じないと話は進みそうにないですね」

医者「…そうだな」


「信じられないのも仕方ない」そんな言い方をしてくれるということは、記憶を失って私の価値観までおかしくなってしまった、というわけではないらしい。
少なくとも私の反応は正常で、常識的で、それを承知の上で皆はここにいる。
それなら、信じてみて話の続きを聞くしかない。たとえ『魔物』なんて突拍子の無いものでも。

……『魔物』。一体どんなものなんだろう。
なんとなく四足歩行で首が多い大きな獣を想像して、襲われてよく無事だったなぁ、とか思ったけど、続く言葉でそれは否定された。


医者「その『魔物』は記憶を食べる。いや、医者として正確に言わせて貰うなら、そいつは相手の記憶を消去するんだ」


……また、ずいぶんと胡散臭い。
もっとも、魔物って時点で相当なんだけど。でもそんな胡散臭いことを大真面目にお医者さんが言う、それ自体が信憑性の裏返しのような気もする。
だって、言い換えればそれは、


医者「……君の脳には、いや、身体全てに何の異常も見られないんだ。どうして記憶がないのか、説明が一切つかない」

唯「……頭を打った、とかは?」

医者「それでもタンコブの1つくらい見当たるはずなんだ。あるいは頭をぶつけた形跡が。君が眠っている間、頭は徹底的に隅から隅まで調べた」


琴吹家の協力でね、と付け加える。
紬さん本人はあまり言いたくなさそうだったけど、家がお金持ちであることはさっき聞いた。
いろんな手と山のようなお金を私のために使ってくれたのだろう。
紬さんの友達思いな面に感動しつつも、申し訳ないな、と思った。いろいろ手間かけさせてしまったことも、紬さんを思い出せないことも。


医者「だから、目撃者の言う通りなんだろう」

唯「目撃者?」

紬「……私達みんなよ。特に、一番唯ちゃんの近くに居たのは……」

梓「………」


紬さんが、辛そうに視線を向ける。
いまだ私の服の袖を摘んで離さない、私の隣にいる子に。

<>
◆folQd47dMc<>sage<>2012/10/30(火) 21:35:32.67 ID:3+PUB1nGo<>

梓「……ごめんなさい、唯先輩」

唯「梓ちゃん…?」

梓「私は、あなたを護れませんでした……近くにいたのに、すぐ隣にいたのに…!」

唯「………」


大丈夫だよ、こうして命には別状はなかったんだし。
と言おうとしたけど、思い直す。そんな言葉、梓ちゃんのことをカケラも覚えていない私が言っていい言葉じゃない。
梓ちゃんが私が何かを失ってしまったことを悔いているなら、それが命だろうと記憶だろうと関係はない。
失ってしまった私にどう慰められたところで、梓ちゃんには逆効果だろう。
だったら、私はそれに触れちゃいけない。


唯「……梓ちゃんは、大丈夫だった?」

梓「えっ…?」

唯「怪我とかしてない? 記憶もなくなってない?」

梓「え……だ、大丈夫ですけど……」

唯「よかった。後輩に何かあったら、先輩としてカッコつかないからね」

梓「なっ…! で、でも、先輩自身が…!」

唯「梓ちゃんがそうして私のことを大事に思ってくれてるなら、その時の私も梓ちゃんのことを大事に思ってたはずだよ」


今は、生憎覚えてないけど。
でも、きっとそうだったはずだから。


唯「だったら、こういうのはやっぱり年上の人がなるべきっていうか、受けるべきっていうか。そういうものなんだよ、たぶん」

梓「そんな…そんなの……! ダメですよ、そんなのっ…!」

唯「うーん……」


何もわからない私でも、この理屈は間違ってないと思うんだけど。それでも梓ちゃんは納得しないらしい。
後輩にここまで好かれてる…というか心配されるなんて、『平沢 唯』はどんな人だったんだろう。
梓ちゃんを含めた皆がとても仲間思いなのはよくわかるけど、肝心の自分のことがわからない。
……やっぱり、いろいろ不便だなぁ。


唯「……じゃあ、梓ちゃん」

梓「……何ですか…?」

唯「私、頑張るから。頑張ってちゃんと記憶を取り戻すから。それまでは梓ちゃん達に迷惑かけちゃうと思うけど……」

梓「め、迷惑だなんて、そんなっ――」

唯「だから、ひとまずはそれで安心してくれないかな? 自分を責めるのを、やめてくれないかな?」

梓「っ……」

唯「……ね?」

梓「………はい」


渋々といった感じだけど、梓ちゃんは頷いてくれた。
たとえ納得してなくても頷いてくれたから、私は頑張らなきゃいけない。
皆のためにも、私のためにも。
梓ちゃん達みんなを心配させたくないし、何より自分の言葉に嘘はつけないよね。

<>
◆folQd47dMc<>sage<>2012/10/30(火) 21:36:42.16 ID:3+PUB1nGo<> 不定期更新になると思われ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<><>2012/10/31(水) 07:55:52.31 ID:P0GxVryIO<> こそこそとsageるあたりつまらんことは自覚しているのかな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/10/31(水) 08:17:58.98 ID:c7YznmaM0<> 乙

sage進行ならそれでいいけど、sagaも念のため入れとくといいかも <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/10/31(水) 08:24:59.68 ID:c7YznmaM0<> と思ったら最初はつけてたんだな
意図があるならいいや <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/10/31(水) 09:58:48.91 ID:IhraLoni0<> 記憶を奪うだか食べるって化け物の話は、
いくつかあったような覚えが微かに。なのはの別Ver.とか <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/11/01(木) 11:25:09.64 ID:4XfQsPWS0<> まぁ、どこぞの頭蓋を割って脳を直接貪り食う見えない怪物よりはマシだな <>
◆folQd47dMc<>sage saga<>2012/11/06(火) 11:15:43.84 ID:JU0H5R6ro<> >>27
すまん素で忘れてた
ありがとう <>
◆folQd47dMc<>sage saga<>2012/11/06(火) 11:18:19.82 ID:JU0H5R6ro<>


律「……ありがとな、唯」

唯「えっ?」


急に名前を呼ばれ、何のことだろう、と思いながら律さんのほうに目を向ける。
律さんは、私のそんな視線を受け止める前も受け止めてからも変わらず、どこかスッキリした笑顔をしていた。


律「梓を助けてくれて、私達を助けてくれて、さ」

唯「助ける…?」

律「……梓が一番だったけど、私達もそれぞれ、どこかで自分のことを責めてたんだと思う。いや、正直今でも責めてるんだろうな」

唯「………」


助けた覚えはない、けど、律さんの言ってることはわかる。
律さん達も、近くにいながら私を護れなかったこと、それを責めてるんだろう。梓ちゃんのように。
そこまで想われているのはやっぱり嬉しいけど、当時の状況のわからない私には当たり障りのないことしか言えない。


唯「しょ、しょうがないよ、『魔物』だなんて。私だったら怖くて動けないだろうし……」


『魔物』がどんな姿形、大きさなのかはわからないけど、要は『見たこともない怖いもの』なんだと思う。
普通ならそんなものを目の前にしたら動けなくなると思う。普通なら。


唯「普通なら……」

<>
◆folQd47dMc<>sage saga<>2012/11/06(火) 11:19:29.78 ID:JU0H5R6ro<>

――言っていて、違和感を自分で抱いた。

記憶のない私の『普通』とは、何なんだろう。
記憶のない私には、この『普通』という感覚が、本当の意味で普通である確証なんてない。
それにそもそも、記憶がないのに普通を普通と認識できるのもおかしい。
日常生活に支障をきたさない記憶喪失もある、とどこかで聞いたような気もするけど、それがどこかも思い出せないのに。

急に、不安になる。
記憶がないというのは、こんなにも怖いものなんだ。
自分を支える足場がないというのは、こんなにも不安定なものなんだ。
私がどんな過去の上に成り立っているのか、それがわからないっていうのは。

私の『普通』は、この世界においての『異質』である。そんな可能性だってあるんだ。

……そんな不安に溺れてしまった私を、律さんが気遣ってくれた。


律「……何か、思い出したか?」

唯「……ううん。そういうわけじゃないけど……」

律「……記憶がないのが、怖い?」

唯「!?」


心でも読まれたのかと思うくらい、的確に見抜かれた。
この人……適当そうに見えたけど、実は鋭い?


律「ま、怖くても怖くなくてもどっちでもいいんだけどさ」


……やっぱり適当なだけかもしれない。


律「普通なら怖いだろうと思うから言ってみたけど、私達の知る唯なら怖がりそうにはないなーとも思うんだ」

唯「そんなキャラだったんだね、私……」
<>
◆folQd47dMc<>sage saga<>2012/11/06(火) 11:22:19.20 ID:JU0H5R6ro<>
律「まあまあ。どっちにしろ、私達としては唯に記憶を取り戻してもらいたい。そこは変わらないから」

唯「………」

律「だから、梓を慰めるためとはいえ、唯が自分からそれを言ってくれた時はすごく救われた気分になった」

唯「あ……」

律「私達は、唯の記憶を取り戻す手伝いができる。それがすごく嬉しいんだ」


「最初からそのつもりではあったけど」と付け加え、照れくさそうに頬をかく律さん。
その隣に座る澪さんと、そのまた隣にいる紬さんも、律さんに続いて言葉を発してくれた。


澪「……あと、記憶がなくても唯は梓を大事な後輩と見てる。それも嬉しかったな」

唯「澪さん……」

紬「ちょっとだけ、軽音部が戻ってきた気分になっちゃった」

唯「紬さん……」


「だから、記憶を取り戻す手伝いをさせて欲しい」と、皆はそう言った。
隣の小さな可愛い後輩も、小さく、でも確かに頷いてくれた。

記憶を失ってしまった立場の私としても、それはとても嬉しかった。
記憶を取り戻したい、そんな気持ちを応援されたということだから。
皆のことを覚えてなくて申し訳ない、そんな気持ちが逆に頑張ろうという気持ちに置き換えられていくようだった。
もちろんさっき感じた、記憶がないことに対する恐怖、それはまだ胸の中にある。でもそれもだいぶ薄れた気がした。
皆のおかげで。仲間達のおかげで。


唯「……ありがとう、みんな。私、頑張るよ」


……うん、やっぱりこの人達は、仲間なんだ。私の。とっても大切な。

<>
◆folQd47dMc<>sage saga<>2012/11/06(火) 11:25:29.94 ID:JU0H5R6ro<>


唯「――そういえば」


なんとなく、一通り目指すところが決まった私達は会話の余韻に浸っていたんだけど、ふと思い出したことがあったので聞いてみることにする。
心地いい沈黙を破るのは少し気が引けたけど、さっきの会話の途中で疑問に思ったことだったから早いうちに聞いておきたかった。


唯「みんなの見た、魔物の外見ってどんなのなの?」


……けど、その判断をすぐに私は後悔した。

まず真っ先に、隣の後輩が震えたから。
そして、皆の顔が一斉に曇ったから。

『普通なら魔物なんて怖いだろうし』という考えから、そういえばどんな外見だったんだろう、外見からして怖かったのかな、と思っただけなんだけど。
怖い外見なら思い出したくもないに決まってるし、それに……


梓「……思い出したく、ないです」


梓ちゃんが、震えながらそう言う。他ならぬ梓ちゃんが。
それはつまり、魔物の『外見』のこと――ではない、と私は解釈した。

梓ちゃんが誰よりも悔いている『光景』のことだ、と解釈した。

魔物の外見を思い出そうとして、連鎖的に思い出してしまうであろう、その場に私もいたはずの光景。
他ならぬ私の口からそれを思い出させかねないことを尋ねてしまうなんて、無神経にもほどがあった。


唯「ご、ごめんねみんな。変なこと聞いちゃったね」

律「ん……いや、まぁ、変なことじゃないんだけどな」

澪「確かに、そこに興味を持つのは当然のことなんだけど」
<>
◆folQd47dMc<>sage saga<>2012/11/06(火) 11:26:11.74 ID:JU0H5R6ro<>
唯「でも、いいよ今は。聞かないよ」

澪「そうしてくれると助かる」

紬「唯ちゃんは魔物のことなんて気にしなくていいから。ね?」


記憶を取り戻すことだけに専念してていいよ、と紬さんは優しく言う。


紬「そっちは私達に任せて。ここにいれば安全だから」

律「記憶が戻るまでゆっくり休んでりゃいいさ」


でも、その優しい言い方の中に少しだけ引っかかるものがあったのも、事実。


唯「……任せて、って、何かアテでもあるの?」

澪「……ま、色々と。唯は何も心配しなくていい」


相手は怖い『魔物』なのに、ずいぶんと頼もしい言い分だなぁ、と思った。ずいぶんというか、不自然なほどに。
「ここは安全」と言い切るところも。何かしらの根拠があるんだろうか。
あと話の流れ的に、記憶が戻るまで私はここから出られないのかな? 学校の出席とか大丈夫とは思えないんだけど、そこも気にしなくていいという意味ならこれもまた妙な方向に頼もしい。
でも紬さんはお金持ちらしいし、何かいろいろ出来てもおかしくないのかな。他の皆はわからないけど……


梓「……私が、そばにいますから。何も気にせず、記憶のほうに専念してください」

唯「ん…それは嬉しいけど、でもみんなは大丈夫なの?」

澪「私達の心配より自分の心配を、だ。記憶、ちゃんと戻ってくれないと困るんだぞ?」

紬「私達なら大丈夫。ちゃんと毎日お見舞いにも来るから、ね?」

唯「……うん、わかった」
<>
◆folQd47dMc<>sage saga<>2012/11/06(火) 11:27:34.97 ID:JU0H5R6ro<>

「毎日顔を出す」ということは、転じて「無茶はしない」と言っているに等しい。
それくらいはわかるから、私は素直に頷くことにした。
『魔物』に対しても、それ以外――例えば私がさっき気にした学校の出席とか――に対しても、私が心配するようなことにはならないように立ち回る、と。
頭の良い澪さんと紬さんが言うんだ、それくらいの含みはあるはず。
記憶がないから深くは聞けないけど、信じようと思う。信じて自分のことに専念しようと思う。
記憶が戻れば、聞きたい細かい疑問も思い出せるはず。例えばさっき気になった『魔物』の外見とか。
だからやっぱり、私は自分のことを優先すべきなんだ。

……と、ここまでが私なりに皆のことを見て考えて出した結論だけど、でも少し不安もある。

頭の良い(と聞いた)澪さんと紬さんは、多分大丈夫。
律さんは幼馴染(と聞いた)の澪さんが目を配っておくだろう。
問題は……


梓「……?」


問題は、この子。
学年が違うからここにいる誰かが常に目を光らせておくことも出来ない、それでいて厄介なことに誰よりも自分を責めている、梓ちゃん。
誰よりも自分を責めているから、誰よりも私の力になりたがるであろう、梓ちゃん。
「そばにいる」と言ってくれた、梓ちゃん。
それ自体はとても嬉しくて、とても安心できるものなんだけど……


唯「……梓ちゃん、学校とかちゃんと行くよね?」

梓「行きますよ。大丈夫です、心配しなくても」

唯「……本当に?」

梓「………」

唯「…………」

梓「……さ、最低限」


……ふ、不安だ……

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/11/07(水) 10:26:07.21 ID:msnAMWms0<> 乙
この魔物とやらが、今後どう動いてくるかが問題だな。
増えたり、記憶から姿形を取ってくるタイプだと非常に厄介だ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(山口県)<>sage<>2012/11/07(水) 19:56:32.58 ID:sxpIVdQeo<> てっきりクリア・ノートかと <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/11/08(木) 01:29:34.94 ID:CdFFrpNa0<> なんか、魔物の正体が憂か和じゃないかといういやな予感しかしないんだが。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/11/08(木) 02:04:15.13 ID:kQRIGbTKo<> >>40
おい予想は……まあぶっちゃけ俺もそんな不安を感じるけど。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/11/10(土) 11:28:16.88 ID:QIJHIZuC0<> いや、待て。もしかしたら人類の新しいお友達路線もワンチャンあるでこれ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/11/11(日) 00:50:01.97 ID:lpJq/S6co<> 記憶喪失SSは今までにもあったが、このSSはここまで面白味がまったくない
台詞も地の文も薄ら寒いな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/11/12(月) 01:11:56.81 ID:jmCQ607B0<> 音楽は、この世界を救ってくれるのか……? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/11/12(月) 01:35:34.86 ID:3HqLW49Go<> 続きが気になるな、今のところは面白い まだ話は本筋には入っていない様だし様子見 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/11/12(月) 10:12:28.33 ID:kBbjZK5s0<> スレタイでは光を喰らう…記憶を奪うというのは、本筋ではない…? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/11/14(水) 11:12:23.83 ID:CaVTBzrIO<> 乙 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/12/01(土) 12:30:45.57 ID:ZqPAhfUL0<> どうした?食えるものなら喰らってみろ。魔物っ……! <>