にゃんこ<>saga<>2011/11/21(月) 22:26:32.41 ID:et2PM1Wc0<>多分、結構な人が思いついてるんじゃないかと思いますが、
これは『スケッチブック』と『たまゆら』のクロスSSです。

誰かが死んだり、世界が終わったり、
鬱展開になったりする予定も無い、何気ない日常を描いたSSになると思います。
特に盛り上がる展開もありませんが、ゆるりと付き合って頂ければ幸いです。<>空「楓さがし」 にゃんこ<>saga<>2011/11/21(月) 22:49:26.81 ID:et2PM1Wc0<> 世界はとても広いらしい。
世界中が大きな一つの空で繋がって、様々な場所で様々な人が暮らしているんだそうだ。
すごい事だなあ、と思う。

それでその世界がどれくらい広いのかと言うと……、
えーっと……。
………。

とにかく、すっごくすっごく広くて大きいらしい。
きっとワタシの想像する世界の大きさより、何倍も大きいんだろう。
大き過ぎて実感も何も湧かないけど、
とにかくすっごく広いらしい事だけはワタシも知っている。

ワタシだって県外に旅行に行った事は何回もある。
高校生になって、美術部のメンバーだけで遠くに行った事だってあるのだ。
かなりアウトドア派なワタシなのだ。
自慢じゃないが、世界どころか福岡がものすごく広い事だって、
自分の足で歩いて知っているのだ。自分の足で実感しているのだ。 <> にゃんこ<>saga<>2011/11/21(月) 23:06:45.66 ID:et2PM1Wc0<> ううん、実感してるつもりだったのかもしれない。
世界がすっごく広いんだって事を実感してるつもりなだけだった。

ワタシが、大きいんだろうなあ、と想像する以上に世界は大きくて、
きっと想像以上に大きいんだろうなあ、と考える以上に遥かに大きかったのだ。
自分の足で歩いて、自分の目で見ないと、
そういう事は本当の意味では分からないものなのだろう。

高校一年生の夏の日。
ワタシは世界には本当に色んな人が居て、
色んな人が色んな事を考えて生きてる事を知った。
地元の事はとても好きだけど、
地元に閉じこもってるだけじゃ気付けない事もあるのだろう。

世界は本当に広かった。
ワタシの想像なんて及ばないくらいに広かったのだ。

だけど、ただ単に広いだけでもなかった。
美術部の合宿先、
ワタシの全く知らない街でも、
空は空で、雲は雲で、人は人だった。
ワタシ達と同じ様な事を考え、生活している人達がその街には居た。
これもすごい事だなあ、とワタシは思う。

ワタシはあの夏、あの街で出逢ったあの人達と話して、
そんな世界の広さと狭さを心から実感できるようになったのだと思う。
勿論、初対面の人には緊張してしまうワタシが、
あの人達と面と向かって話せるようになるには、かなり長い時間が必要だったのだが……。

これはそんなワタシの夏の日の記憶……。
今も心に残る、
夏の記憶だ。 <> にゃんこ<>saga<>2011/11/21(月) 23:07:52.84 ID:et2PM1Wc0<>

今回はここまでです。
短いですが、今回は導入部という事で。
明後日から本格的に始まる予定ですので、気が向けばごゆるりと読んでやって下さい。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)<>sage<>2011/11/22(火) 03:57:40.11 ID:HCSVOYtjP<> スケッチブックは大好きだけど、たまゆらは未視聴だ
とりあえず期待 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(福岡県)<>sage<>2011/11/22(火) 19:56:03.15 ID:l4WriBnLo<> どっちも大好きだ!! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)<>sage<>2011/11/22(火) 21:33:37.30 ID:vLCs/oZIO<> どっちも大好きだ!! <> にゃんこ<>saga<>2011/11/23(水) 19:28:59.76 ID:sZ6AzS2D0<> この生き物は一体何なのだろう。
その生き物はふわふわもくもくで、身体中が柔らかそうな毛に覆われていた。
色はピンク……、いや、桃色か?
濃いピンク色と呼ぶよりは、美味しそうに実った淡い桃の色が近いと思う。
多分、ネコ……だと思うけど、確信は持てない。
ネコと呼ぶには、私の知ってるネコとは何か凄く違ってる。
地元でもたまに変わったネコを見かける事はあるけど、
この生き物はそんなワタシが今まで見てきたネコの常識からは大きく外れているのだ。

ワタシの地元のボウリング場には、
何故か『社長』と呼ばれる白いネコみたいなマスコットがある。
あのマスコットもネコなのか何なのか分かりにくい生き物だったが、
この生き物もそのマスコットに負けないくらい不思議な生き物だった。

ワタシは思わず脇に抱えていたスケッチブックを開いた。
この生き物をスケッチしなければいけない気がしたのだ。
いつか誰かにこの生き物の事を説明する事があるとして、
口下手なワタシではこの生き物の事を上手く説明出来ないと思う。
そんな時のためにも、ワタシはこのネコ(?)をスケッチしておくべきなのだと思った。

でも、そんな事より何より、
ワタシはこの生き物を自分のスケッチブックに描いておきたかった。
ワタシは絵は結構好きだ。
学校では美術部に所属しているし、
出掛ける時はいつもスケッチブックを持ち歩いている。
ワタシは心に残った風景、動物、人なんかがあると、
スケッチブックの中に残さずにはいられない性格なのだ。
きっとスケッチブックはワタシにとってカメラ代わりで、
絵は自分の心に残った記憶を保存する付箋なのだろうと思う。

だったら、カメラを持ち歩けばいいじゃないかと言われる事もある。
ワタシもそう思う事はあるのだけれど……、何かカメラでは駄目なのだ。
カメラや写真が嫌いなわけじゃない。
人が撮った写真を見るのはとても楽しいし、心が弾む。
多分、単にカメラより絵の方が私の性に合ってるってだけなんだろう。 <> にゃんこ<>saga<>2011/11/23(水) 19:29:45.83 ID:sZ6AzS2D0<> ワタシは急いで紙の上に鉛筆を走らせる。
幸い、その生き物の動きはうちの近所に住んでいるネコ達ほど敏捷ではないようだった。
その生き物は誰かの家の跡地らしい塀に寝そべり、のんびりと欠伸なんかをしている。
これなら筆捌きがあんまり早くないワタシでも、この生き物をスケッチし切る事が出来そうだ。
柔らかそうなその生き物を撫でたい気分が何度か襲って来たが、
ワタシはそれをどうにか耐えながら、無心で見たままの光景を紙の上に描き上げていく。

本当は凄く撫でたい……。
ふわふわでもこもこした桃色のこの生き物……、
桃色のネコ(?)だから、仮に名付けて『ももねこ』を思う存分撫で回したい……。

だけど、それは駄目なのだ。
ネコは触れようとすると逃げていく生き物なのだ。
慣れれば撫でさせてくれる様になる事もあるけど、
ワタシとこのももねこはまだ初対面なのだ。焦りは禁物なのだ。
ワタシはネコが大好きだけど、ネコもワタシが大好きとは限らない。
だから、本当はとても心苦しいんだけど、
ワタシはネコ欲よりもスケッチ欲の方を優先させて、ももねこを描き続けた。

ふう……。

ももねこを大体スケッチし終わった頃、
ワタシは軽く溜息を吐いて、額に掻いていた汗を拭っていた。
こんな緊張感の中でスケッチをしたのは久し振りだった。
汗も掻くはずだ。
でも、うん、後もう少し。
もうちょっとでももねこのスケッチが終わる。
スケッチが終わったら、慎重にももねこに手を伸ばしてみよう。
こんなに近くでスケッチをさせてくれた事だし、
もしかしたらワタシに撫でさせてくれるかもしれない。
思う存分その柔らかそうな毛並みを撫でさせてもらったら、
ワタシと同じくネコが好きな鳥飼さんも撫でていいいかももねこにお願いしてみよう。

と。
そこでようやく、ワタシは自分が大切な事をすっかり忘れてしまっていた事に気付いた。
スケッチが一段落して、気分が落ち着いて、ワタシはやっと気付いたのだ。
一緒に歩いていたはずの美術部の皆が、周りに誰一人見当たらないという事に。
置いてかれてしまったのだ。
勿論、美術部の皆が悪いわけではない。
ももねこに目を奪われ、足を止めてしまったワタシの責任だ。
皆は足を止めたワタシに気付かず、先に行ってしまったのだろう。
悪いのはワタシ自身だ。美術部の皆を責める気は無い。 <> にゃんこ<>saga<>2011/11/23(水) 19:30:12.29 ID:sZ6AzS2D0<> でも、ワタシは自分が背中に冷たい汗を掻いているのを感じ始めていた。
地元では休日に色んな見知らぬ場所を探して歩くワタシだけど、
見知らぬ初めての街で一人ぼっちになるなんて事は勘弁してほしかった。

あわわわわ……。

ワタシはつい変な声を出しながら、
竹に溢れた初めての街で立ち竦んでしまう。
どうしよう……。
どうしたらいいんだろう……。
このまま誰とも会えなかったら、ワタシはどうなってしまうんだろう……。

「あーっ!」

瞬間、甲高い声が上がって、ワタシの方に誰かが駆け寄って来る足音が響いた。
麻生さんかケイトが私を見つけてくれたのかと思った。
でも、残念ながら、そうじゃなかった。
声の方向に視線を向けると、その場所では知らない小さな女の子が嬉しそうに駆けていた。

「ももねこさまだーっ!」

その髪の短い小さな女の子はワタシの姿には気付いてないみたいだった。
ただ嬉しそうにももねこに向かって走り寄っている。
本当にももねこって名前だったのか……。
こんな時なのについ自分の直感に感心してワタシが頷いていると、
その女の子はやっとももねこの傍に居るワタシの姿に気付いたらしく、
はしゃいでいた自分の姿を恥ずかしく思ったのか顔を赤く染めると、
何も無い所で自分の右足を左足で踏ん付けて、ぽてっ、とその場に転んだ。 <> にゃんこ<>saga<>2011/11/23(水) 19:30:48.45 ID:sZ6AzS2D0<>




事の始まりは夏休みも終わりに近付いた頃。
夏の暑さも大分落ち着いた夕暮れの美術室で、
春日野先生が何の前触れもなく話を切り出したのが始まりだった。

「来週の月曜から竹原で合宿するから、皆よろしくねー」

本当に突然だった。
しかも、春日野先生がそう切り出したその日は土曜日だった。
来週は来週だけど、その来週の月曜日はたったの二日後という事だ。
流石は春日野先生だなあ、と思う。
これこそ、思い立ったが吉日、というやつなのかもしれない。
何事にもマイペースと言われるワタシにはとても出来ない事だ。
春日野先生の積極性には素直に感心させられる。

「竹原……ですか?
あの……、聞いた事はあるんですけど、何処でしたっけ?」

佐々木先輩がちょっと困った様に笑いながら、首を傾げて先生に訊ねる。
佐々木先輩のその言葉を聞いて、ワタシは気付いた。
そういえば、ワタシも竹原という町が何処にあるのかはよく知らない。
地名くらいは聞いた事があるのだけれど、
何県かと訊ねられるとはっきりと答えられない。
確か九州じゃなかったとは思う。
少し遠い県にある町の名前だったはずだ。

「何よう、貴方達。
高校生なのにそんな事も知らないの?
駄目よー、ちゃんと勉強しとかないと」

不満そうに先生が頬を膨らませる。
ワタシは困って周りの鳥飼さんやケイトと軽く視線を合わせてみる。
二人とも肩を竦めて首を横に振って、続けてワタシも首を大きく横に振った。
誰か知ってる人は居ないのかな……?
そう思って美術室を見回してみると、意外な人が手を挙げて答えていた。 <> にゃんこ<>saga<>2011/11/23(水) 19:31:22.09 ID:sZ6AzS2D0<> 「竹原って言いますと……、確か広島やなかとですか?」

「正解! そうよー、広島よー。
よく知ってるじゃない、麻生さん」

先生に褒められ、麻生さんが嬉しそうに自分の頭を掻く。
意外と言うのも失礼な気がするけど、
まさか麻生さんが竹原の事を知ってるとは思わなかった。
でも、確か以前、東京ドームに行った事がある、という話を麻生さんから聞いた事がある。
ひょっとすると、麻生さんは日本全国の色んな所に旅行に行っているのかもしれない。

でも、広島か……、とワタシは思う。
広島は中学の頃、修学旅行に行く時に新幹線で通過しただけだ。
福岡からは結構近い県だけど、詳しい事は何も知らない。
どんな所なんだろう。
イメージとしては恐そうなお兄さん達が恐そうな言葉を使ってる印象がある。
そして、その恐そうなお兄さん達は毎日夕陽の河川敷で喧嘩をして、
喧嘩が終わった後は肩を抱き合って青春を語り、夕陽に向かって走って行くのだ。
体育会系じゃないワタシの性には合わないが……、一度見てみたい気はする。

いやいや、流石に広島県民の皆が皆、そんな人達ではないはずだ。
詳しくは行ってみないと分からないけど、
少なくとも広島の人達が広島弁を使っているのだけは間違いないと思う。
少し恐いけど、広島弁は実際に聞いてみたい。
全体的に恐いイメージはある。
でも、「〜じゃけえ」という言い方だけは何だか可愛らしい。
恐そうなお兄さん達が「〜じゃけえ」と口にするのは、とても可愛らしい光景な気がする。

わしゃ、広島人じゃけえ。

誰にも聞こえないように小さく呟いてみる。
うん。恐そうなお兄さん達が言うと思うと面白い。
広島、楽しみだなあ……。
そう考えていると、
麻生さんが急に呆れた様子でワタシの肩を叩いた。
どうやらワタシの呟きが聞こえていたらしい。 <> にゃんこ<>saga<>2011/11/23(水) 19:32:02.43 ID:sZ6AzS2D0<> 「ちょっと、空。
広島の人が皆、広島弁を使うと思うちょったらあかんばい。
あたし達も皆が福岡の言葉を使うわけやなかやろ?
勝手な期待を掛けてちゃ、広島の人達にも失礼ばい」

おお、流石は旅行のプロ(仮)の麻生さんだ。
地元の小旅行ばかりしてるワタシとは一味違う。
広島の合宿で困った事があったら、麻生さんに聞いてみる事にしよう。
まあ、麻生さんが方言について話すのも少し変な気はしたが。

でも、合宿は本当に楽しみだ。
家に帰ったら、青と一緒に合宿に必要な物を話し合おう。
ワタシが頷いていると、麻生さんがいつもの朗らかな笑顔を見せた。

「楽しそうやね、空」

うん。

「広島に行くの初めてなん?」

初めて、だと思う。

「だと思うって何よー?
でも、そげやね。
もしかしたら子供の頃に行っとるかもしれんもんね」

そう、かも。
帰ったら、青に聞いてみる。

「自分より年下の弟にそれを聞くってどうなんよ。
まあ、青くんならしっかりしとるし、
子供の頃の事も空より憶えとるかもしれんねー」

悪戯っぽく麻生さんが笑う。
ワタシも少しだけ微笑む。
来週の合宿、どんな合宿になるんだろう。
皆と一緒なら、きっと楽しい合宿になるはずだ。
楽しみだなあ……。

でも、不意に不安そうな呟き声が美術室に響いた。

「広島……、広島かあ……。ううーん……」

呟いたのは鳥飼さんだった。
視線を向けてみると、複雑そうな表情で頭を抱えていた。
鳥飼さんの中で色んな葛藤が戦ってるように見える。 <> にゃんこ<>saga<>2011/11/23(水) 19:33:16.68 ID:sZ6AzS2D0<>

今回はここまでです。
もう少ししたら、『たまゆら』のメンバーも出てこれるかと思います。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)<><>2011/11/24(木) 21:12:31.69 ID:PeCj8pHho<> 梶原さんとぽっては相性良さそうすなぁ <> にゃんこ<>saga<>2011/11/26(土) 19:24:35.65 ID:/PU8g+sf0<> 「どうしたん、葉月?」

麻生さんが鳥飼さんの肩を優しく叩いて訊ねた。
少しだけ苦笑いも浮かべてるみたいだ。
多分、麻生さんも鳥飼さんの葛藤の正体を分かってるんだろう。
色んな事に鈍いと言われるワタシだけど、
今の鳥飼さんの葛藤の正体はそんなワタシにだって分かる。
鳥飼さんが複雑そうに困った表情を浮かべるのは……。

「いや……、合宿の予算がね……?
どれくらいになるのかなって思って……」

鳥飼さんも苦笑いして麻生さんの質問に応じる。
そうなのだ。
鳥飼さんが悩む原因には、お金が絡んでるのがほとんどなのだ。
鳥飼さんは倹約家だ。
別に生活が苦しいわけではないそうだ。
でも、一人暮らしをしている事もあって、
お金の事が絡むとついつい頭を悩ませてしまう性格らしい。
お小遣いのほとんどが、
お茶とおにぎりとバス代に消えていくワタシも、
少しくらい鳥飼さんを見習うべきなのかもしれないとたまに思う。 <> にゃんこ<>saga<>2011/11/26(土) 19:25:15.38 ID:/PU8g+sf0<> 「そっかー。
そういえば、予算の問題がありましたねー……。
帰って、おねえちゃん達に相談してみないといけませんねえ」

鳥飼さんの呟きに頷きながらカミヤ先輩が笑う。
活発にポニーテールを揺らして、
いつも明るく楽しそうにしてるカミヤ先輩だが、生活は鳥飼さん以上に苦しいらしい。
鳥飼さんと同じく合宿の予算が気になるのも当然だ。
でも、カミヤ先輩は楽しそうに笑っていた。
そういえば以前も笑いながら、
「月に何度かは食べる物に困る日もある」と話してくれた事もあった。
本当はすごく大変なはずなのに、
それを笑って済ませられるカミヤ先輩はやっぱりすごい。

春日野先生は部員の様子を静かに見ていたが、
不意に優しい笑顔を浮かべると歩いて行って、鳥飼さんとカミヤ先輩の肩を叩いた。

「大丈夫よ、二人とも。
二人はワタシの車で連れてってあげる。
それに宿泊先もほとんどタダだから安心しなさい。
実はね、この前研修会で仲良くなった広島の先生が勤務先の学校に相談してくれたのよ。
それでその学校の校舎を使わせてもらえるようになったの。
食費くらいは徴収するけど、それ以上のお金はほとんど掛からないわよ。
どう? これなら二人とも合宿に行けるでしょ?」

「い……、いいんですか?
そんな、私達だけ……」

鳥飼さんが戸惑った様子で呟き、カミヤ先輩もその言葉に続けて頷く。
その鳥飼さんの言葉は春日野先生だけじゃなくて、
ワタシ達の方にも向けられてるみたいに聞こえた。
自分達だけ特別扱いされてもいいのか、とワタシ達に訊ねているのだ。

「何言ってるの。生徒はいつでも先生に頼ってくれていいのよ。
あんた達も別に構わないでしょ? 問題無いわよね?」

春日野先生が力強く微笑んで、周囲を見回す。
『あんた達』というのは、ワタシ達の事だ。
問題なんてあるはずが無かった。
ワタシだって鳥飼さん、カミヤ先輩と一緒に合宿がしたいのだ。
先生の言葉に同意する気持ちでワタシは何度も頭を縦に振った。
ワタシの動きに続いて、部室内から次々に同意の声が上がる。
皆、美術部員の全員で合宿に行きたいのは同じ気持ちなのだろう。

「それじゃ、決定ね。
皆、来週から竹原よ!」

嬉しそうに春日野先生が笑う。
感極まった様子で鳥飼さんとカミヤ先輩が何度も皆に頭を下げる。
こうして、竹原での合宿は部員全員の参加が決まったのだった。

……ちなみにその場に居なかった幽霊部員のオオバ先輩には、
その翌日にクガ先輩から合宿する旨を申し送られたのだそうだ。 <> にゃんこ<>saga<>2011/11/26(土) 19:25:43.34 ID:/PU8g+sf0<>




合宿当日、ワタシ達は高速バスと電車に揺られ、お昼過ぎに広島の竹原に到着した。
春日野先生の代わりに部長さんが先導をやってくれた事もあって、
電車の乗り換えなんかもかなりスムーズに行う事が出来た。
今の所、予定は順調だ。
鳥飼さん達を乗せた春日野先生の車は、
待ち合わせ場所に予定より三十分遅れてきたが。
どうやら春日野先生が道に迷ってしまったらしい。
しかし、それも部長さんにとっては予定通りらしかった。
部長さんは特に困った様子も無く先生達を出迎え、
春日野先生のお知り合いとの待ち合わせ場所に向かう事をワタシ達に指示した。
勿論、先導は部長さんだ。
やっぱり部長さんは頼りになる。

その待ち合わせ場所に向かう途中、
ワタシはももねこに目を奪われてしまったのだった。

どうしよう……。

ワタシは目の前で転んだ小さな女の子の姿を見ながら、戸惑っていた。
手を差し出してあげるべきだとは思っていた。
目の前で小さな女の子が転んだのだ。
手を差し出して、その子が怪我をしていないか気遣うのが一番いい選択肢だ。
でも……、出来ない。
小さな女の子とは言っても、
知らない町で知らない女の子に手を差し出すなんて、
そんな事……、緊張してしまう。
何を緊張してるんだろうとは自分でも思うが、こればかりはどうしようもなかった。

だけど、そのままでいいはずもない。
手を差し出すのは無理だとしても、声くらいは掛けるべきだろう。
それくらいは、ワタシにも出来るはずだ。
『大丈夫?』とその女の子に聞く事くらいは。
意を決して、ワタシは口を開いて喉を震わせてみる。

だいじょ…… <> にゃんこ<>saga<>2011/11/26(土) 19:26:14.31 ID:/PU8g+sf0<> 「ふうにょん!」

意を決して出したワタシの言葉は簡単に掻き消されてしまった。
気が付けば、小さな女の子に向かってワタシと同い年くらいの女の子が駆け寄って来ていた。
少し長めの黒い前髪を額の中心辺りで分けた華奢な女の子……。
その子は本当に心配そうな表情で小さな女の子に手を差し出していた。
この子は髪の短い小さな女の子(ふうにょん?)のお姉さんなのだろうか。

「だ……、大丈夫、なので」

ふうにょん(?)は膝を擦りながら、髪の長い女の子に差し出された手を取って立ち上がる。
幸い、ふうにょん(?)は身体の何処にも傷を負ってはいないようだった。
少しだけ、安心する。

「ごめんね、ちひろちゃん。
ももねこさまを見つけちゃうと、私、つい夢中になっちゃって……」

「ももねこさまが可愛いのは分かるけど、
もっと気を付けなきゃ駄目だよ、ふうにょん」

「うう……。面目ない、ので」

恥ずかしそうにふうにょん(?)は縮こまる。
どうも髪の長い方の女の子はちひろちゃんという名前らしい。
姉妹なのだろうか。

と。
急にふうにょん(?)は焦ったように周囲を見回し始めた。
何を捜しているのだろうとワタシもふうにょん(?)の視線の先を追う。
そして、ワタシとふうにょん(?)はほぼ同時にある事に気付き、一緒に肩を落とした。

「ももねこさま……、何処かに行っちゃった……」

何時の間にかももねこは居なくなっていた。
ネコなのだるそれくらいの気紛れは日常茶飯事だろう。
ふうにょん(?)はとても残念らしかったが、ワタシもすごく残念だった。
もう少しでももねこのスケッチが完成していたのに、残念だ。
竹原に居る間、もう一度ももねこを見掛ける事はあるのだろうか。
探すとネコは見つからないというジンクスもある。
何だかちょっと不安だ。 <> にゃんこ<>saga<>2011/11/26(土) 19:26:41.32 ID:/PU8g+sf0<> 「あの……、騒がしくしてしまって、すみませんでした……」

突然、ふうにょん(?)が私の方を向いて頭を下げた。
視線の先にはワタシのスケッチブックがあるみたいだった。

「ももねこさま、スケッチしてたんですよね……?
あ、ももねこさまっていうのは、さっきのネコさんの事なんですけど。
でも、私が駆け寄ったせいで、
ももねこさまも貴方も驚かせてしまったみたい、なので」

ふうにょん(?)は何だか本当に申し訳なく感じてくれてるみたいだった。
でも、申し訳ないと感じているのはワタシも同じだった。
さっきワタシは転んだふうにょん(?)に向けて、すぐに手を差し出す事が出来なかった。
謝らなきゃいけないのはワタシの方だ。
だから、ワタシはふうにょん(?)に謝ろうと思って口を開いて、
でも……、やっぱり声が出なくて……。

しばらくワタシ達から言葉が消える。
何とかしなきゃいけないのに、人見知りなワタシは高鳴る胸の動きを止められない。
このままじゃいけないのに。
ワタシはどうにか首だけ横に振って、何かを言葉にしようとして……。
その瞬間、ちひろちゃんと呼ばれた女の子が声を上げていた。

「す……、すみません。
で、でも……、ふうにょんはももねこさまが好きなだけで、
それが御迷惑になったのなら申し訳ないんですけど、でも、でも……。
ふうにょんは悪い子なんかじゃなくて、
いつも一生懸命に頑張ってる子で……。それで……」

そのちひろちゃんの声の最後の方は掠れていた。
泣きそうな表情も浮かべていた。
ワタシが何も言わないから、怒ってるものだと勘違いさせてしまったらしい。
怒ってなんかいないのに。
謝るのはワタシの方なのに。
でも、どう言えば、
喋る事が苦手なワタシの言葉で二人を安心させられるのか、分からない。
見た所、ふうにょん(?)もちひろちゃんも口数が多いタイプには見えない。
多分、三人が三人とも、慣れない状況に戸惑ってしまっているのだ。
心配そうに、ふうにょん(?)がちひろちゃんの肩に手を置く。 <> にゃんこ<>saga<>2011/11/26(土) 19:27:08.03 ID:/PU8g+sf0<> 「ちひろちゃん、泣かないで……」

「でも、でも……。
ふうにょんが誤解されたままなんて、私、辛くて……」

「呼びましたか?」

「わあっ!」

突然、ワタシ達の間によく見知った顔が割り込んで来た。
ふうにょん(?)とちひろちゃんが軽く悲鳴を上げて飛び退く。
ワタシも驚いてその場に尻餅を着いてしまっていた。
急に現れたのはヒムロ先輩だった。
珍しくタナベ先輩を連れずに、単独の登場だった。

「よ……、呼んでませんけど……」

戸惑った表情でちひろちゃんがヒムロ先輩に伝える。
ヒムロ先輩は無表情に、
何処を見てるのか分からない視線を何処かに向けながら続けた。

「おかしいですね。
貴方は今確かに『ふうにょん』と呼ばれたはずですが」

「『ふうにょん』とは……、確かに呼びましたけど……」

「ならば、それはまさしく私の名前ではないですか。
私の名前は氷室風。まごう事無き『ふうにょん』であります。
『氷』のように冷たい『室』内に吹く『風』とお覚え下さい」

他にいい覚え方は無いのだろうか……。
でも、確かにそういえばそうだった。
涼風コンビの片割れ、ヒムロ先輩の名前は『風』だ。
そのあだ名で呼ばれた事は一度も無いけれど、
言われてみればヒムロ先輩も『ふうにょん』には違いない。 <> にゃんこ<>saga<>2011/11/26(土) 19:28:01.14 ID:/PU8g+sf0<>

今晩はここまでです。
『たまゆら』勢、メインより先にちひろちゃんが出てしまいました。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)<><>2011/11/26(土) 21:32:35.71 ID:howBv6Gxo<> ふうにょんつながりは盲点だわ…… <> にゃんこ<>saga<>2011/11/28(月) 20:58:13.66 ID:oB5F9a/50<> 急に。
ヒムロ先輩が尻餅を着くワタシに手を差し出して言った。

「おお、そこに居るのは美術部の梶原さんではないですか。
こんな初めての街で会うとは奇遇ですね。
さあ、よろしければ私の手にお掴まり下さい」

奇遇も何も無い、と思いながらも、
ワタシはヒムロ先輩の手に掴まって立ち上がった。
戸惑いながらも、ワタシは嬉しかった。
飄々とした態度を取っているが、
きっとヒムロ先輩は姿が見えなくなったワタシを捜しに来てくれたのだろう。
でも、ヒムロ先輩はそんな事をおくびにも出さないで、
いつも通りのとぼけた様子でワタシを陰ながら助けてくれたのだ。
掴めない人だけど、ヒムロ先輩はきっとそういう人なのだ。

そのヒムロ先輩は、無表情なままでちひろちゃんに向き直って言った。

「うちの美術部員がご迷惑をお掛けしたようですね。
梶原さんが押し黙っている事で不安に思わせてしまったようですが、心配は御無用です。
彼女は普段、リミピッド・チャンネルという名の念で私達と語り合っているのです。
そのため、急に声を出す事に慣れていないだけなのです。
どうかお許しあれ」

「りみぴ……、念……?」

ヒムロ先輩の突拍子もない発言を聞いて、
不安そうにちひろちゃんがワタシの表情を窺った。
慌てて、ワタシは大きく首を横に振る。
ワタシの口数が少なめなのは認めるが、
流石に他人と念やテレパシーで語り合ってるわけではない。
まあ、確かにたまに何故か「念で語り掛けられたのかと思った」と言われる事はある。
でも、それはどうしてなんだろう……。
ワタシがあまり口を大きく動かさずに喋るからなのだろうか?

ちひろちゃんはそれから少しだけ怪訝そうな表情を続けていた。
初対面の人によく分からない発言をされたのだから、それも仕方が無い事なのかもしれない。
でも、しばらく経つと、ちひろちゃんは急に口元を緩めて微笑んだ。
優しい視線をワタシに向けてくれている。
多分、ヒムロ先輩の発言を冗談だと分かったというだけじゃなく、
ワタシという人間が少し分かったから浮かべられる視線だったと思う。 <> にゃんこ<>saga<>2011/11/28(月) 20:58:42.99 ID:oB5F9a/50<> その時、ワタシは不意に思った。
ちひろちゃんの隣に居るふうにょん(?)もかなり人見知りなんだろうけど、
ちひろちゃんはきっとそのふうにょん(?)の何倍も人見知りで、恥ずかしがり屋なのだと。
ワタシだって一応、人や風景を観察してスケッチを行う美術部の一員なのだ。
だから、分かる。
ちひろちゃんの雰囲気や身振りを見ていて、何となく分かるのだ。
ワタシとちひろちゃんは同じ様な性格で、同じ様な悩みを持っているのだろうと。
きっと、今、ちひろちゃんもワタシと同じ事を感じているはずだ。
だから、微笑みを浮かべる事が出来たのだろうと思う。

「ちひろちゃん……?」

急に微笑んだちひろちゃんを不思議に思ったのか、
ふうにょん(?)が首を傾げてちひろちゃんに訊ねた。
ちひろちゃんは優しい表情を浮かべたまま、その視線をふうにょん(?)に向けて口を開く。

「大丈夫みたいだよ、ふうにょん。
この人達、悪い人じゃないし、怒ってるわけじゃないみたい。
さっき初めての街って言ってたし、
こっちのスケッチブックを持った人も、知らない街で緊張してただけだと思う。
そうですよね……?
えっと……、梶原さん……でしたっけ?」

ワタシが言うべき事を全て代弁して貰ってしまった。
とても申し訳ない気はしたけど、
代弁してくれたちひろちゃんの厚意を無駄にするわけにもいかない。
ワタシは何度も首を縦に振って、
それからお礼とお詫びの意味を込めて頭を大きく下げた。
ちひろちゃんも人見知りなはずなのに、ワタシより何倍もしっかりしている。
ワタシもしっかりしなきゃ……。

「あっ、ああのっ、あのあの……っ!
頭を上げて下さい、梶原さん。
頭を下げなきゃいけないのは、やっぱり私の方だと思う、ので。
初めての街で緊張してる所を驚かせちゃったのは私の方、なので……。
だだだっ、だからっ、私の方こそごめんなさい!」

ワタシが長く頭を下げていたせいで、罪悪感を抱かせてしまったらしい。
ふうにょん(?)がとても焦った様子でワタシに何度も頭を下げる。
でも、やっぱり謝らなきゃいけないのは、
倒れたふうにょん(?)にすぐに手を差し出せなかったワタシの方だ。
だから、ワタシがまた頭を下げて、
それに釣られてまたふうにょん(?)がワタシに頭を下げて……。
その謝り合いの繰り返しが三回くらい続いた頃、急にまた飄々とした声がその場に響いた。 <> にゃんこ<>saga<>2011/11/28(月) 20:59:11.63 ID:oB5F9a/50<> 「まあまあ、それは置いておきましょう。
二人とも、面を上げい」

その声の持ち主は勿論ヒムロ先輩だった。
置いておいていい事なのかどうかはともかく、
ヒムロ先輩に止められなければ、ワタシ達はいつまでもその場で謝り合い続けていたかもしれない。
お互いにすっきりしないものを胸に抱えながらではあるけど、
ワタシ達はとりあえずヒムロ先輩の言葉に従って頭を下げるのをやめた。
ヒムロ先輩が何処となく満足そうな表情を浮かべ、ふうにょん(?)に軽い感じに訊ねる。

「それより貴方の名前も『ふう』と言うのですか?
吹く方の『風』と書くのでしょうか?」

急に訊ねられたふうにょん(?)は、
また焦った様子で、身体を小動物みたいに震わせる。
でも、変な話だけど、その焦りはさっきの焦りよりもずっといい方の焦りだった。
少なくとも、お互いに謝ろうと焦り合うよりはずっといい焦り方だ。

「え、えっと、えっと……。
私の名前は確かに『ふう』なんですけど、
でも、『風』と書く方の『ふう』じゃなくて……。
木の風と書く『楓』で『ふう』って読みます、ので……。
あ……、あのあのっ、そんなわけで、
えっと……、だから、私の名前は沢渡楓……なのでっ!
『かえで』の方の『ふう』なので……っ!
高校一年生ですっ! よろしくお願いするでっ……、でででっ……っ!」

最後には噛んでいた。
でも、羨ましかった。
ワタシと同じ人見知りでも、ふうにょん……、沢渡さんは自分の言葉で自己紹介が出来る。
ワタシにはまだそれは出来そうにない。
ワタシの名前は梶原空です。沢渡さんと同じく高校一年生です。よろしくお願いします。
頭の中ではスムーズに言えるし、出来るつもりで口を開いた事も何度かある。
でも、駄目なのだ。
口を開くと、言葉にならない。
美術部に入部して、人と話す事にも慣れて来たはずなのに、初対面の人にはどうしてもそうだった。
理由は自分でも分からない。
初めての人を目の前にして口を開くと、何故か言いたい言葉が出て来なくなってしまう。 <> にゃんこ<>saga<>2011/11/28(月) 20:59:37.34 ID:oB5F9a/50<> 「かえで……」

ふと気が付けば、ヒムロ先輩が意味深に呟いていた。
『楓』という文字に何か思い入れでもあるのだろうか。
そう思っていると、突然ヒムロ先輩がその場に膝を着いて叫んだ。

「負けた……っ!」

「ななな、何がですか……っ?」

ヒムロ先輩が悔しそうに地面を叩き、沢渡さんがまた焦った様子で言った。
ヒムロ先輩が沢渡さんに負けた……?
『ふう』の漢字の画数……だろうか。
『風』と『楓』では確かに四文字ほど差があるけど……。

「それはさておき、沢渡さん」

焦った様子の沢渡さんを気にせず、
何事も無かったかのようにヒムロ先輩が立ち上がった。
人の反応もお構い無しで、ついでにボケの説明も無しだ。

「貴方は高校一年生なのですか?」

「あ……、えっと、その……、はい……。
すみません。私、背が低いから高校生に見えませんよね?
でも、こう見えても、私、本当に高校一年生、なので……。
氷室さん……も高校生……、ですよね……?」

「そうですね。
私も高校生で、二学年に在籍しています。貴方より一学年上になりますね。
しかし、沢渡さん、自分の背が低いなどという心配は御無用です。
私の同学年には貴方より背が低い人が居ますが、
彼女はそんな事など気にせずに先輩風をびゅーびゅーと後輩に吹かせています。
貴方も彼女の様な慇懃無礼な人になって下さい」

ヒムロ先輩が言っているのは、クガ先輩の事だろう。
確かクガ先輩の身長は一四〇センチくらいだったはずだ。
流石の沢渡さんでもクガ先輩よりは背が高そうだ。

ヒムロ先輩の言葉を聞くと、
沢渡さんは驚いた表情になって、隣に立っているちひろちゃんと顔を見合わせた。

「聞いた? ちひろちゃん?」

「うん。驚いたね、ふうにょん……。
ふうにょんより小さい先輩が居るんだね……。
一度、会ってみたいね」 <> にゃんこ<>saga<>2011/11/28(月) 21:00:40.97 ID:oB5F9a/50<>

今夜はここまでです。
書いてみると、梶原さん、見事なくらい喋ってませんね。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)
(愛知県)<>sage<>2011/11/29(火) 03:51:33.70 ID:rjQ70QEJo<> あれを文章化するとこうなるんだな…まぁ、なるよな <> にゃんこ<>saga<>2011/12/01(木) 22:23:24.94 ID:ldGDoDOY0<> 同年代で自分より背の低い子を見る事が少ないのだろう。
沢渡さんは好奇心に満ちた表情になっていた。
ワタシだってクガ先輩の事を知らなかったら、
沢渡さんより小さい高校生は一度見てみたいと思ったはずだ。

不意に気付くと、ヒムロ先輩が沢渡さん達の様子を楽しそうに見つめていた。
いや、勿論、一見は普段の無表情なのだけど、
よく見ると少しだけ目尻が垂れ下がってる感じがするのだ。
多分、ヒムロ先輩は、
美術部員の誰とも違う反応を返す沢渡さん達を新鮮に感じているのだろう。
考えてみれば、ワタシの返す反応はヒムロ先輩達から見れば薄い反応に違いない。
麻生さん達も入部当初こそ涼風コンビの自由奔放さに戸惑わされていたが、
最近では二人のボケを流す事を覚え始めてるみたいだったから、
余計にヒムロ先輩は新鮮な反応を見せる沢渡さん達が嬉しいのだと思う。

「会えますよ。彼女も竹原に来ておりますので。
お二人とも、彼女に会ってみますか?」

勿論、そんな様子などワタシ以外には悟らせず、またヒムロ先輩が淡々と呟いた。
会ってみたいとは思っていたものの、
実際に会えるとは思ってなかったらしい沢渡さんは、少しだけ戸惑った表情を見せる。
初対面の人に更に初対面の人を紹介されるのだ。
戸惑って当然だ。
でも、沢渡さんはすぐに戸惑いを消し、また好奇心に満ちた視線を浮かべた。

新しい出会いに期待している表情……。
ヒムロ先輩の事ももっと知りたいと思っている積極的な姿勢……。
人見知りだけど、人見知りな自分を変えようとしてる沢渡さん……。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/01(木) 22:23:55.20 ID:ldGDoDOY0<> 何となく、そう感じた。
変わろうとする、変えようとする事はいい事だと思う。
でも、ワタシは……、ワタシを変えようと思った事はまだあまり無い。
人見知りな自分だけど、それでもいいのだと思っていた。
ワタシはワタシだ。
変える必要は無いはずなのだ。
生まれ持った自分の性格とそのまま付き合いたかった。
間違ってはいないと思う。
でも、新しい自分に変わろうとしている沢渡さんの姿は生き生きとしていて、
そんな沢渡さんの姿を見ていると、ワタシも変わるべきなんだろうか、って少しだけ不安が湧いた。

ワタシはちひろちゃんに視線を向けてみる。
沢渡さんと付き合いが長いはずのちひろちゃんは、
自分を変えようとしている沢渡さんをどう思ってるのだろうと気になったからだ。
沢渡さんのお姉さんみたいに見えるちひろちゃんだ。
てっきりちひろちゃんは沢渡さんの変化を嬉しく思ってるはずだと思ってた。
だけど、沢渡さんを見つめるちひろちゃんの視線は、何故だか寂しそうに見えた。

ワタシの視線に気付いたらしく、ちひろちゃんがワタシに顔を向ける。
視線が合ってしまった……。
ワタシは何かを言いたかったのだけれど、
ワタシの口からは言葉が何も出て来なくて、ちひろちゃんも何も言わなかった。
ただ二人で視線を合わせて、静かに見つめ合った。

「あ、何やってるのよ、貴方達」

不意によく耳に残っている声がその場に響いた。
ワタシは少し驚きながら、声の方向に振り向いてみる。
声の持ち主はワタシ達の方に駆け寄って来て、ワタシの目の前で足を止めた。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/01(木) 22:24:44.66 ID:ldGDoDOY0<> 「駄目じゃない、梶原さん。
初めての街で迷子になられちゃ、こっちとしても捜しようがなくなっちゃうわよ。
色んな物が新鮮なのは分かるけど、皆の事も気に留めててよね」

声の持ち主は勿論春日野先生だった。
ワタシをずっと捜していてくれていたのだろう。
少し息を切らし、額に汗を掻いていた。
ワタシが迷子になるという事は、ワタシだけの問題じゃない。
美術部の全員に迷惑を掛けてしまうという事なのだ。
ワタシはすごく申し訳なくなって、春日野先生に大きく頭を頭を下げた。

ごめんなさい。

喉を震わせて、ワタシは申し訳ない気持ちをどうにか言葉にする。
自分自身もすごく不安だったはずなのに、
ワタシの言葉を聞くと春日野先生は笑ってくれた。

「いいわよ、迷子になる事くらい、誰にだってあるわよ。
でも、これからはちゃんと気を付けるのよ。
皆、梶原さんの事を心配してるんだから」

本当にごめんなさい、先生。

「もう謝らなくてもいいわよ。
それより氷室さんも梶原さんを見つけたんなら早く連絡してよね。
私の携帯の番号、教えてるでしょー」

「おお、これはかたじけない。
現地の方とお知り合いになりましてね。
つい話し込んでしまったのです」

「現地の方……?」

ヒムロ先輩が言い、春日野先生が沢渡さん達に視線を向ける。
瞬間、春日野先生が首を捻って、呻き声を上げ始めた。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/01(木) 22:25:16.12 ID:ldGDoDOY0<> 「あれ?
貴方、何処かで見た事があるような気が……。
うー……、何処だったかなあ……、うーっと……」

「ええっ? わ、私ですか?」

春日野先生に顔を覗き込まれ、沢渡さんが驚いた声を上げる。
その様子を見る限り、沢渡さんの方は春日野先生には見覚えが無いようだ。
そうなると春日野先生の記憶力に頼るしかない。
でも、ワタシに言えた事じゃないが、春日野先生の記憶力はそうよくなかった。
何しろ幽霊部員とは言え、
イベントには参加しているオオバ先輩の名前を、まだはっきり覚えてないくらいなのだ。
これは一旦、春日野先生に沢渡さんの事を思い出すのを諦めてもらった方がいいかもしれない。
多分、ヒムロ先輩もそう思ったのだろう。
ヒムロ先輩が先生の肩を叩いて声を掛けようとした瞬間、またその場に大きな声が響いた。
今度は知らない男の人の声だった。

「春日野先生!
迷子になったというのは、そちらの髪の長い生徒でよろしいですかっ?」

大声で走って来たのは、ジャージを着た大柄な男の人だった。
多分、年齢は三十歳前くらいで、肌は浅黒く、その首にはホイッスルが掛けられていた。
次に口を開けば、
「迷子になっただと? たるんどる! 罰としてグラウンド百周!」とか言い出しそうだ。
そんなとても体育の先生みたいな人だったし、実際にも体育の先生なのだと思う。

「……っと、ごめんなさい、堂郷先生。
ええ、そうです。この子が迷子になった梶原さんです。
すみません、御心配をお掛けしました」

春日野先生が珍しく敬語を使いながら、
駆け寄って来た先生……、堂郷先生に軽く頭を下げる。
話を聞くに、この先生が春日野先生と待ち合わせをしていた人なのだろう。
ワタシも春日野先生に続いて頭を下げたが、堂郷先生は豪快に笑ってくれた。

「いえいえ、いいんですよ、春日野先生。
迷子になるって事は、それだけ竹原の風景が気になっていたって事なんでしょう。
逆に光栄ですし、嬉しい事ですよ。
梶原……だったか? もうそんなに竹原が気に入ってくれたか?」

正確には竹原ではなくももねこの方なのだが、ももねこも竹原の風景には違いない。
ワタシが首を何度か振って頷くと、堂郷先生は嬉しそうにまた笑った。
竹原の事が本当に好きなんだろう。
声が大きくてワタシの苦手なタイプなはずだったが、何故だか堂郷先生には親しみを持てた。
同じく声が大きいけど、急にキレるネギシ先輩とは違ったタイプだからかもしれない。
いや、ネギシ先輩が嫌いってわけじゃないのだけれど。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/01(木) 22:25:56.00 ID:ldGDoDOY0<> 「……お?
沢渡じゃないか。どうしたんだ、こんな所で。
おまえと梶原、知り合いなのか?」

急に堂郷先生が少し驚いた声を上げた。
視線はワタシの後ろに居る沢渡さんに向けられている。
沢渡さんも少し驚いた表情になって、堂郷先生に訊ね返した。

「先生こそ、どうしたんですか?
先生は梶原さんや氷室さんとどんなお知り合いなんですか?
私の方はさっき梶原さんと知り合ったばかり、なので」

「さっき知り合った? どういう事だ?」

「あ、いえ……、あの……。
私がももねこさまを見つけて、ももねこさまの方に走ってたら、
梶原さんのスケッチを邪魔してしまった形になったみたい、なので……」

「ああ、ももねこか。
おまえ、あいつを写真に撮るの好きだからな……。
なあ、梶原。沢渡にも悪気は無かったと思うぞ。
沢渡はももねこと写真が好きなだけなんだ。許してやってくれるか?」

許すも許さないも無かった。
ワタシが堂郷先生の言葉に頷いて沢渡さんに視線を向けると、
そこでようやく沢渡さんは初めて心から安心した顔を見せてくれた。
もっと早くワタシがこうしていればよかったのに、
ワタシは本当に人より一歩……、いや、何歩も遅いみたいだ。
ごめんなさい、沢渡さん。

「ああ、そっか」

落ち込みかけたワタシの近くで、春日野先生の明るい声が不意に響いた。
視線を向けると、春日野先生は嬉しそうに手を叩いていた。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/01(木) 22:26:17.52 ID:ldGDoDOY0<> 「沢渡さん……よね?
貴方の顔、何処かで見た事があると思ったら、
堂郷先生に見せてもらったクラス写真で見た顔だったわ。
って事は、貴方は堂郷先生のクラスの生徒って事でいいのよね?」

「はっ……、はい!
えっと……」

「春日野よ。春日野日和先生。
福岡で美術の先生をやってるの。
それともう知ってるみたいだけど、
この子達がうちの学校の生徒の梶原さんと氷室さんよ。
よろしくね、沢渡さん」

「はい、よ、よろしくお願いします!
わわ、私は沢渡楓……です。
か、春日野先生達はどうして広島に?」

「美術部の合宿だ、沢渡。
春日野先生とは前に研修会で知り合ったんだが、
合宿先を探してらっしゃったから、是非竹原に来てもらおうと思ってな。
いい街だからな、此処は」

沢渡さんの質問には堂郷先生が答えた。
なるほど。
春日野先生が知り合った広島の先生というのは、やっぱり堂郷先生だったのだ。
何となく春日野先生と堂郷先生は気が合いそうな感じにも見える。
きっと前に開催されたらしい研修会で意気投合したに違いない。
堂郷先生が嬉しそうに続ける。

「竹原を紹介したら、いずれ春日野先生に福岡を案内してもらう予定もある。
俺の代わりにおまえらが福岡に交換合宿に行くのもいいかとも思ってるんだ。
福岡に行きたくなったら何時でも言えよ。太宰府の方を重点的に案内してもらう予定だ。
こういうのが海外交流と言うやつさ。やつさやつさと言ったら竹屋のやっさ饅頭!」

「やっさ饅頭も食べてみたいわねー。
って、堂郷先生、確かに海は越えてるけど海外交流とは違うんじゃない?」

「おっと、こいつは失敬。
川を通った程度の距離ですから、川通り餅くらいにしておくべきでしたね!」

「もー、堂郷先生ってば何を言ってるの」

春日野先生が笑い、釣られて堂郷先生が大きな声で笑った。
どうしよう……。
多分駄洒落なんだろうけど、すごくつまらない……。
そもそも元のネタもよく分からない……。
こういう意味でも春日野先生達は意気投合してたんだなあ……。

ワタシは困って周囲を見回してみた。
ヒムロ先輩は無言で春日野先生達を見守っている。
沢渡さんは苦笑していて、ちひろちゃんも困ったように笑っていた。
少し安心した。
春日野先生達の駄洒落がすごくつまらなかったのはワタシだけじゃなかったようだ。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/01(木) 22:27:10.92 ID:ldGDoDOY0<> また、ちひろちゃんと視線が合う。
今度はどうにか視線を逸らさず、ちひろちゃんに向けて精一杯苦笑してみせる。
それが上手く出来たか分からないけど、
ちひろちゃんはワタシに軽い苦笑を向けてくれた。
先生達の駄洒落のつまらなさが、
ワタシとちひろちゃんの心を少しだけ繋がせてくれたのだ。
出来る事なら他の事で心を繋がせたいが、今はこれがワタシの精一杯だった。
でも、上出来だと思いたい。ワタシにしては、どうにか上出来だと。

「そういえば沢渡?」

笑い終わった堂郷先生が小さく首を傾げて沢渡さんに訊いた。
突然話を振られて少し動揺した様子になったけど、
すぐに平静に戻った沢渡さんが堂郷先生に訊ね返す。

「何ですか、先生?」

「そっちの子は誰なんだ?
うちの学校の生徒じゃないよな?」

そっちの子と言うのは、ちひろちゃんの事だった。
ちひろちゃんてっきり沢渡さんと同じ高校だと思っていたが、どうやら違っていたらしい。
堂郷先生が学校の生徒全員を覚えてるとは言い切れないけど、
自信満々に「うちの学校の生徒じゃない」と堂郷先生が言うからには、多分本当に違う学校の生徒なんだろう。

「あ、そうですね。
確かにちひろちゃんはうちの高校の生徒じゃない、ので。
ちひろちゃんはですね……」

沢渡さんの言葉は毅然とした表情のちひろちゃんが継いだ。

「三次ちひろです。高校一年生で、普段は横須賀の汐入に住んでます。
ふうにょんとは幼馴染みで、ふうにょんに会いに竹原に遊びに来ました。
よろしくお願いします」

しっかりした自己紹介だった。
堂郷先生も春日野先生も感心した様子で、
ちひろちゃん……三次さんの自己紹介を聞いていた。

でも、三次さんも同級生だったのか。
三次さんは沢渡さんのお姉さんみたいに見えたけど、
それは単にワタシが最初は沢渡さんを中学生と勘違いしてたからかもしれない。
沢渡さんがネギシ先輩の妹のみなもちゃんと同い年くらいに見えてたから、
三次さんが必要以上に大人びて見えただけなんだろう。
今更だけど、言われてみると、
沢渡さんと三次さんは仲の良い同級生以外の何物でもなかった。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/01(木) 22:27:43.31 ID:ldGDoDOY0<> ちひろちゃんの自己紹介が終わると、
しばらくして何故だか堂郷先生が少し残念そうな顔をした。

「ううむ、ちょっと残念だな」

「残念って何がですか?」

沢渡さんの質問に堂郷先生は肩を竦める事で応じた。

「いや、実は此処で会ったのも何かの縁だと思ってな。
おまえに春日野先生達を案内してもらおうかとも思ったんだが……。
遠くから友達が遊びに来てくれてるおまえの手を借りるわけにもいかんだろ?
折角、遠くから遊びに来てくれてるんだ。しっかりもてなしてやれよ、沢渡。
春日野先生達の案内は塙達にでも頼んでみるさ」

ちょっと強引そうな先生に見えたけど、
堂郷先生はそんな生徒への思いやりも持っている先生だったらしい。
そんな所も春日野先生と気が合いそうだった。

勿論、ワタシも堂郷先生と同じ思いだ。
沢渡さん達……、特に三次さんともう少しだけ話してみたいけど、それはワタシの我儘だ。
折角、横須賀なんて遠くから沢渡さんに会いに来たのだ。
三次さんにはもっと沢渡さんと一緒に居てほしい。
そもそも話したいと思った所で、
本当にワタシから話し掛けられるかどうか分からない。
そんなワタシに付き合ってもらうより、三次さんは沢渡さんと一緒に居るべきなのだ。

だけど、そこで三次さんは意外な事を言った。

「あの……、ふうにょんの竹原の案内、私も見てみたいです」 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/01(木) 22:36:13.33 ID:ldGDoDOY0<>

今回はここまでです。
まだ合宿が始まってもいませんね。
内容の出来はともかく、大作になりそうです。
読んでくれる方々を飽きさせないよう、工夫していきたいと思います。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)
(福岡県)<>sage<>2011/12/02(金) 00:04:02.26 ID:BRKkwNTJo<> 乙

大人組が出てくるとスムーズに進むなぁ <> にゃんこ<>saga<>2011/12/03(土) 20:52:47.12 ID:i/+JyzFt0<> 堂郷先生も意外そうな顔で三次さんを見つめる。
頭を掻きながら、申し訳なさそうに言った。

「いやいやいや、無理はしなくていいぞ、三次。
遠くから沢渡に会いに来たんだろう?
どれくらい滞在するのかは知らないが、その間はやりたい事をするべきだぞ。
俺達に気を使う事は無いんだ」

「いえ……、あの……、違うんです。
私は確かにふうにょんに会いに来ました。
でも、それはふうにょんと何かをしたくて来たわけじゃなくて、
ふうにょんと一緒に居たいから竹原に来たんです。
私はふうにょんと一緒に居られれば、それでいいんです。
ふうにょんと一緒なら、どんな風な過ごし方でも、それが私のやりたい事なんです」

三次さんが一息に言って、
言い終わった後には、喋り過ぎたと思ったのか赤面して黙り込んだ。
すごいなあ、と思う。
初対面の年上の男の人に自分の考えを告げられる事もすごい。
でも、それと同じくらい、三次さんに大切に思われてる沢渡さんもすごいと思った。
きっと二人はワタシには想像も出来ないくらい強い絆で結ばれているのだろう。
ワタシにはそんな強い絆で結ばれた友達が居るのかな……?
分からない。
それは分からないけれど、羨ましく思ってるだけというのはよくない気がした。

「いいの、ちひろちゃん?」

沢渡さんが照れた様子で三次さんの顔を覗き込んだ。
きっと嬉しいけれど照れ臭いって感覚を、全身で感じてるんだろう。
三次さんが微笑んでそれに応じる。

「いいんだよ、ふうにょん。
私、ふうにょんと一緒に居られるなら何だって楽しいし、
それにふうにょんより背が低いっていう先輩も見てみたいしね。
勿論、ふうにょんが氷室さん達のガイドさんをする姿も見てみたいな」

「はうっ……!」

自分が大人数相手にガイドをする想像をしたのだろう。
変な声を上げて沢渡さんが更に真っ赤になった。
でも、嫌がってるわけでもないみたいだ。
緊張しながらも、新しい出会いを楽しみにしてる感じだ。

春日野先生と堂郷先生が三次さん達のやりとりを微笑ましそうに見ている。
前に進もうとしている生徒の姿を嬉しく思ってるのかもしれない。
教師という職業の人が全員そうだというわけじゃないのだろうけど、
でも、少なからず生徒達の成長を何より楽しみにしてる人達なのだろう。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/03(土) 20:53:12.85 ID:i/+JyzFt0<> 不意に春日野先生と堂郷先生が視線を合わせて笑う。
お似合いな二人だな、とワタシは何となく思った。
そういえば出会いが無いと悲しんでいた事だし、
春日野先生は堂郷先生と結婚すればいいんじゃないだろうか。
何だかすごく面白そうだと思う。
まあ、堂郷先生が独身なのかどうかは知らないけど。

「じゃあ、すまんが春日野先生達の合宿に付き合ってもらえるか、沢渡?
おまえの好きな場所を自由に案内してもらえれば、それでいいぞ。
主だった観光名所は俺が案内するからな。
その分、おまえは穴場的な場所を案内してもらえれば助かる」

ワタシが考えている事とは一切関係無く、堂郷先生が続けた。
まだ少し赤面しながら、でも、沢渡さんは力強く返す。

「はっ……、はいっ……!
分かりました、先生。
しっかり案内します、ので!」

「いい返事だ、沢渡!
よし! 引き受けてくれたお礼に報酬を前払いしてやろう。
これから『ほぼろ』に行くぞ!」

『ほぼろ』……?
何かのお店の名前なのだろうか?
ワタシが首を傾げると、ヒムロ先輩がワタシの肩を叩いて言った。

「ほぼろとは広島の言葉で離婚という意味がありますね。
裁判所で離婚調停をするという事なのでしょう。
つまり、堂郷先生はこれから奥さんと離婚し、
お礼として沢渡さんと再婚してくれるという事ですね」

「断じて違うわ!」 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/03(土) 20:53:51.70 ID:i/+JyzFt0<> ワタシが何かを言う前に堂郷先生がヒムロ先輩に突っ込んだ。
無表情なまま、ヒムロ先輩が親指を立てる。
多分、ちゃんと突っ込んでくれたのが嬉しかったのだろう。
苦笑しながら、春日野先生がワタシに詳細を説明してくれる。

「『ほぼろ』ってのは広島風お好み焼き屋さんの名前よ。
私達が梶原さんを捜してる間に、部長君に皆を引き連れて行ってもらってるのよ。
皆もお昼時でお腹が空いてるだろうし、
バラバラで貴方を捜して二重遭難になっても困るもんね」

「春日野先生の説明通りだ、沢渡。
だから、そんなに警戒した様子を見せるな。
流石の先生でも傷付くぞー、それは」

堂郷先生は肩を落としていたけど、その表情は笑顔だった。
警戒した様子と言ってはいたけど、
『ほぼろ』が広島風お好み焼き屋さんだという事を分かっていたらしく、
沢渡さんの方はあんまり警戒した様子ではなかった。
警戒していたのは沢渡さんよりも三次さんの方だ。
ヒムロ先輩がボケた後、泣きそうな顔で沢渡さんを庇う様に身体を割り込ませていた。
やっぱり三次さんは沢渡さんの事がとても大事なのだ。

「氷室とか言ったよな?
おまえのせいで三次に嫌われてしまったじゃないか」

語調は厳しく、声色は優しく、堂郷先生が続ける。
流石のヒムロ先輩もネタに走り過ぎたと思ったのか、無表情ながら頭を下げた。

「申し訳ございません。
折角習得した広島の知識を披露したいと意気込み過ぎてましたね。
失敬しました」

「そんなに謝る必要は無いぞ。
しかし、『ほぼろ』の意味を知っているとは、おまえも勉強家じゃないか。
広島の事を知ろうと思ってくれるのは嬉しい事だ。
後はその知識の披露所を見極めてくれると完璧だな。
……っと、そういうわけだ、三次、沢渡。
これから『ほぼろ』でほぼろ焼きの『いつもの』を奢ってやろう。
そこで美術部の皆と自己紹介もしてくれ」

『いつもの』とは何なのだろう。
沢渡さんの表情を覗いてみると、少しだけ困ったように笑っていた。
多分、何か隠された秘密があるのだろうが、
それは今聞かなくても後々に分かる事だろう。
ワタシはその時を楽しみにしながら、軽く空を見上げてみた。
いい天気だった。
広島の空も福岡の空と同じ様に輝いていたけど、完全に同じ空ではない気がした。
福岡の空とは少しだけ違う空色、空模様がワタシ達のずっと上に展開されている。

深呼吸。
広島の空気がワタシの身体に沁み込んだ。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/03(土) 20:54:21.21 ID:i/+JyzFt0<>




歩いてすぐの所に『ほぼろ』はあった。
古い家が保存されている地域にお好み焼きのお店があるなんて、何だか不思議な感じだ。
『ほぼろ』の前では麻生さんと鳥飼さんにケイトが待ってくれていた。
ワタシは三人に駆け寄って大きく頭を下げたが、三人とも笑ってワタシを出迎えてくれた。
こう言うのも何だけど、ワタシが迷子になるのは結構日常茶飯事だ。
どうもワタシは一つの事に集中すると周囲が見えなくなってしまうタイプらしい。
それを分かってる皆はワタシを責めようとしなかった。
むしろワタシよりワタシから目を離してしまった自分を責めているように見える。
それが逆に皆に悪い気がした。
また何かに集中する事があるかもしれないけれど、
その時こそ自分に出来る限りは周囲に注意を払いたい。

ワタシが皆と再会した後、
ふと視線を向けてみると、沢渡さん達がその場で固まっていた。
どうしたのだろうと思って二人の顔を覗き込んでみると、
二人の視線が一点に集中しているのが分かった。
その二人の視線はケイトに向けられたものだった。
ガイドをしてくれる気になってくれていたものの、
まさか福岡から合宿に来た生徒の中に、金髪の外国人が交じっているとは思わなかったのだろう。
それは硬直してしまうのも当然だ。
ワタシだって初めてケイトを見た時は、本当にどうしていいか分からなくなった。
間に麻生さん達が立ってくれていなければ、
ワタシは今でもまともにケイトと接する事が出来なかったに違いない。

「How do you do!」

普段は英語なんて滅多に使わないのに、
ケイトは沢渡さん達に駆け寄ってわざわざ英語で挨拶を始める。
沢渡さんと三次さんは二人で視線を合わせ、目に見えてうろたえ出した。
わざわざ英語で話し掛けるなんてケイトも意地が悪い……。
と言うよりは、これがケイトの自己紹介の掴みなのだろう。
自分が英語で喋り掛ける事で最初は驚かせて、
後から日本語で自己紹介し直す事で安心させ、親しみを持ってもらうのだ。
勿論、ケイトがそこまで考えてるのかは分からないけど、
少なくともワタシの場合はケイトが日本語を喋る事で、すごく安心したのを憶えている。

「ハジメマシテー! ワタシの名前はケイトデース!」

緊張させ続けるのも悪いと分かっているのだろう。
ケイトがすぐに日本語での自己紹介に切り替えた。
沢渡さん達はほっとした表情になって、
まだしどろもどろながらケイトと握手を交わしていた。

それからケイトに続いて麻生さん達が沢渡さんに話し掛けようとしたが、
それは春日野先生と堂郷先生に止められた。
「自己紹介なんてお好み焼きを食べながらでも出来る」というのが、二人の言い分だった。
確かに一理ある。
でも、それは建前だという事をワタシは知っている。
何故なら、先生二人が今にも駆け込みたそうな表情で『ほぼろ』の暖簾を見ていたからだ。
二人ともお腹を空かせているのだろう。
勿論、二人のお腹を空かせてしまったのはワタシのせいでもある。
ワタシと麻生さんは顔を合わせて苦笑し合い、『ほぼろ』の暖簾を潜った。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/03(土) 20:54:42.64 ID:i/+JyzFt0<> 「いらっしゃーい!」

独特なイントネーションの柔らかい声に出迎えられる。
少し意外だった。
広島風お好み焼き屋さんの人は恐そうなお兄さんだろうと、ワタシが勝手に想像していたからだ。
でも、出迎えの声は優しく、柔らかくて、
その声の持ち主はとても穏やかそうな女の人だった。
広島弁を使う事だけが、ワタシの想像していたお好み焼き屋さんと一致していた。
その人は麻生さんと一緒に入って来たワタシの姿を見つけると、優しく微笑んだ。

「迷子の子、見つかったんじゃねえ。よかったねえ。
さ、今からお好み焼き焼いちゃるけえ、奥の席に座りんさい」

ワタシは一礼した後で、その人をじっと見つめてみる。
柔らかそうな癖毛をした二十代くらいの女の人。
このお店の店主さんなんだろうか。
何だかしっかりしていそうで、頼り甲斐のありそうな人に思える。
ワタシの想像とは違ったが、お好み焼き屋さんに相応しい人材に見えた。

店主さん(?)に言われるまま、ワタシは奥の席に足を進める。
外からは小さそうなお店に見えたけれど、
意外に奥行きがあるらしく、奥の区画では美術部の先輩達が勢揃いしていた。
先輩達はワタシに視線を向けると、
「おかえりなさい」と優しく微笑んで出迎えてくれた。
心配掛けて、ごめんなさい。
そんな思いを込めて、ワタシは先輩達一人一人に視線を合わせ、頭を下げる。

と。
一瞬、驚いた。
何故ならさっきまでワタシ達と一緒に居たはずのヒムロ先輩が、
何時の間にかタナベ先輩の隣に座って広島風お好み焼きを食べていたからだ。
一体、何時の間に移動していたのだろう。
……ワープ?

でも、そんなには驚かなかった。
ヒムロ先輩の事だ。
ワタシには想像も出来ない方法を駆使したのだろう。
例えばワープ……とかか?
駄目だ……。ワープしか思いつかない……。
まあ、いいか、ワープで。

ワタシは先輩達全員に頭を下げた後、
誰も座っていない一画に座り、背負っていたリュックサックを下ろした。
ワタシに続いて麻生さん、鳥飼さん、ケイトがその一角に座る。
その後から春日野先生、沢渡さん達が奥の区画に顔を出した。
何故だか堂郷先生は続いて来なかった。
店主さん(?)と話でもしているのだろうか。

「堂郷先生はどうしたとですかー?」

ワタシの疑問を麻生さんが代弁してくれた。
麻生さんもワタシと同じ疑問を持っていたらしい。
それには春日野先生が笑って応じた。

「堂郷先生は店主さんのお手伝いよ。
食べ始めてるのも居るみたいだけど、まだ結構な人数が居るじゃない?
それで少しだけ店主さんのお手伝いをするみたい。
心配しなくても大丈夫よ。
堂郷先生、お好み焼き作るの上手らしいわよー。
そうよね、沢渡さん?」 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/03(土) 20:55:35.94 ID:i/+JyzFt0<>

今回はここまでです。
やっと皆と再会できました。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/05(月) 19:54:56.61 ID:jMUzKXTR0<> 「は……はいっ。
堂郷先生のお好み焼きもすっごく美味しいので」

春日野先生の後ろから、緊張した面持ちの沢渡さんが顔を出す。
美術部の皆が、誰だろう? という表情で沢渡さんを見つめた。
また沢渡さんが少しだけ小刻みに震え出してたけど、
そんな沢渡さんを三次さんが後ろから支えた。
沢渡さんの震えが止まる。
怯えた表情が静かに力強い表情に変わっていく。
まだ少しだけ震えた声だったけど、
一言ずつはっきりと思いを言葉に変えていく。

「あの……っ、私、沢渡楓と言います。
み、皆さんは福岡から竹原に合宿に来られた美術部の皆さんなんですよね?
私は堂郷先生のクラスの生徒で、さっき堂郷先生に道端で会ったんですけど、
先生から皆さんの合宿の手伝いと竹原の案内をしてほしいと頼まれまして……、
私なんかで皆さんのお役に立てるかどうか分かりませんけど、
えっと……、あの……っ!」

少しだけ口ごもる沢渡さん。
きっと緊張と責任感で心臓が凄いスピードで動いてるんだろう。
美術部の皆はそんな沢渡さんを優しい視線で見守っていた。
もしかしたら、入部した当時に行ったワタシの自己紹介を思い出してるのかもしれない。
不意に誰かの声が美術部側から上がった。

「ふうにょん、ファイトー」

言ったのはヒムロ先輩だった。
いつも通りの抑揚の無い声色だったが、沢渡さんの事を気遣ってるのには違いなさそうだ。
そう言ったヒムロ先輩の表情はいつもより穏やかに見えた。

ふうにょ……沢渡さんが嬉しそうにヒムロ先輩と視線を合わせる。
おお、楓風コンビの結成だ。
まだ少しだけの交流だったけれど、
同じ読みの名前を持つ二人はワタシには分からない一体感を得ていたのかもしれない。
でも、楓風コンビって呼ぶと、何だか夫婦コンビみたいに聞こえてくるな。
どっちが夫なんだろう……?
いや、夫婦は全然関係ないけど。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/05(月) 19:55:25.86 ID:jMUzKXTR0<> 気が付けば、怪訝そうにタナベ先輩がヒムロ先輩を見つめていた。
いつも一緒に居る相方の自分の知らない姿を、少し寂しく感じているのかもしれない。
そして、それはタナベ先輩だけじゃないみたいだった。
沢渡さんの後ろから顔を出してる三次さんも複雑そうな表情を浮かべている。
もしかすると、三次さんの方はタナベ先輩よりも寂しいのかもしれない。
三次さんは沢渡さんと遠い街で暮らしているらしい。
沢渡さんと会いたい時に会えるわけではないのだ。
だから、自分の知らない友達の姿を、タナベ先輩以上に感じているはずだ。

そんな三次さんの様子に気付かず、沢渡さんが自己紹介を続ける。
もう沢渡さんの声は震えていなかった。

「私、案内を上手く出来るかは分かりませんけど、私、この街が大好きなので。
だから、せめて皆さんには私の大好きな気持ちくらいは伝わるように頑張りたいです。
精一杯、皆さんの合宿のお手伝いをしますので、よろしくお願いします!」

沢渡さんが頭を下げる。
美術部の皆から「よろしくね」、「ありがとう」という感じの声が上がる。
いい自己紹介だった。
きっと、人見知りな自分を受け容れて、それを変えようと毎日頑張っているのだろう。

「いい自己紹介だな、沢渡」

お好み焼きを持った堂郷先生が嬉しそうに顔を出した。
ネギシ先輩の前の鉄板にお好み焼きを置きながら、大きく笑う。

「やれば出来るもんだな。先生は嬉しいぞ。
しかし、自分だけの自己紹介で満足してちゃ駄目だな、沢渡。
三次の紹介がまだだろう?
ちゃんと自己紹介のバトンタッチをしてやらんとな!」

「あっ、ご……、ごめんね、ちひろちゃん。
私、自分の事ばっかりで……!」

申し訳なさそうに沢渡さんが三次さんに頭を下げる。
「いいよ」と三次さんが笑って、沢渡さんより一歩だけ身を乗り出した。
三次さんがワタシや堂郷先生達にしたような自己紹介を始め、
横須賀から沢渡さんに会いに来たという話題になった時、
佐々木先輩が細い目を更に細めて、心配そうに三次さんに訊ねた。

「三次さんはそれで大丈夫なの?
沢渡さんに会いに来たのに、私達の合宿に付き合ってくれちゃっても」

それは三次さんが苦笑して応じた。
聞かれると思っていた事だったのかもしれない。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/05(月) 19:56:06.28 ID:jMUzKXTR0<> 「実は私、ふうにょんに会いに来るのが目的だったんで、
ふうにょんと会った後の事は特に何も考えてなかったんです。
ふうにょんが好きな竹原を案内してもらおうかなって考えてたくらいで。
だから、皆さんの合宿のお手伝いをする事で、
私自身もふうにょんに竹原の案内をしてもらえる事になるんです。
ご心配ありがとうございます」

「そうなんだ。
おっと……、三次さん達を立たせっ放しのも悪いよね。
さ、私の隣の席が空いてるから、座って座って」

佐々木先輩が三次さんを自分の隣の座敷に誘う。
遠慮がちに三次さんが佐々木先輩の隣に座り、
沢渡さんも続いてクリハラ先輩の隣の座敷に腰を下ろした。
その様子を見送った後、「んじゃ、また後で」と言って、
春日野先生は堂郷先生と一緒にカウンター席に戻って行った。
そういえば、お好み焼きはカウンター席に座って食べてこそ、と前に言っていた気がする。
お好み焼きを焼いている様子を実際に見ながら食べたいのだろう。
合宿中、ワタシも一度くらいカウンター席で食べてみたい。

「おおっ、ローライじゃん。
楓くん、いいカメラ持ってるね」

お好み焼きを待っていると、小さな歓声が店内に響いた。
声の方向に視線を向けてみると、
クリハラ先輩が興味深そうに、沢渡さんが手に持つ小さいカメラに目を向けていた。
クリハラ先輩達と個人的な自己紹介の途中に、沢渡さんがカメラを取り出したらしい。
クリハラ先輩は美術部の中でも昆虫や動物に興味がある人で、
それらのスケッチやデッサン以外にも写真を嗜んでいる先輩なのだ。
沢渡さんの持つカメラに興味を持つのも、当然と言えば当然だった。

でも、沢渡さんがカメラを持っていたとは気付かなかった。
見る限りかなり小さなカメラみたいだから、それで気付けなかったのだろう。
もしかすると、さっき沢渡さんがももねこに向けて駆けていたのは、
ももねこの姿をあのファインダーに収めるためだったのかもしれない。
ワタシは少し沢渡さんに親近感を持った。
あの時、あの場所、方法こそ違うけれど、
ワタシと沢渡さんは同じ事をしようとしていたのだ。

「く……、栗原さんも写真がお好きなんですかっ?」

何となく嬉しそうな表情で、
沢渡さんがクリハラ先輩に訊ねる。

「うん、美術部だけど写真も好きだよ。
私が撮るのは虫と動物ばっかりだけどね。
お恥ずかしながら、まだまだ腕がいいとは言えないかな。
特に蝶と鳥が苦手なんだよね。
あいつら素早くってさ……」

「分かります、分かります!
私も鳥を上手に撮れた事、少ないので。
もっと上達したいんですけど……」 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/05(月) 19:56:32.24 ID:jMUzKXTR0<> 「確かになー……。
栗原が撮った写真なんか、まともに鳥が写ってなくて、風景写真になってるもんな」

「うるさいなー」

離れた座敷からネギシ先輩が言って、クリハラ先輩が頬を膨らませる。
ネギシ先輩は意地悪く笑い、
そのまま引っ込んでお好み焼きを食べる行為に戻った。

「楓くんはどんな写真を撮るの?
そのカメラケースから察するにネコとか?」

表情を元に戻すと、クリハラ先輩は何事も無かったかのように続けた。
ネコと言われては、ワタシとしても引っ込んでいるわけにはいかない。
ワタシは少しだけ身を乗り出し、沢渡さんのカメラケースに目を向けてみる。
言われるまで気付かなかったが、
よく見てみると確かに沢渡さんのカメラのケースは黄色いネコみたいな形だった。
いいなあ……。
ワタシもカメラを使わないわけではないし、
沢渡さんを見習って、ネコのカメラケースを使ってみるのも悪くないなあ……。

「あ、はい。
確かにネコの写真も結構撮るんですけど……」

沢渡さんが優しい表情を浮かべ、呟くように続ける。
写真を心から愛している……、そんな雰囲気だった。

「私……、幸せな写真が撮りたい、ので……」

「幸せな……?」

「い、いえ、すみません。
気にしないで欲しい、ので……」

顔を赤くして、沢渡さんが頭を横に振った。
クリハラ先輩は苦笑したけど、それ以上問い詰めようとはしなかった。

「まあ、いいよ。
でも、後で楓くんの写真も見せてほしいな。
私のも見せるからさ。二人で写真の見せ合いっこしようよ。
丁度、私も何枚か写真は持って来てるからさ。
……勿論、空くんにも見せてあげるから」

急に名前を呼ばれ、ワタシはつい硬直してしまった。
どうやらワタシが沢渡さんのカメラに興味津々だったのがばれていたらしい。
ワタシは顔が熱くなるのを感じながら、その場に縮こまった。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/05(月) 19:57:47.68 ID:jMUzKXTR0<>

今回はここまで。
話が少しずつ動き始めて作者も助かります。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)
(福岡県)<>sage<>2011/12/06(火) 06:35:47.35 ID:zENbeh07o<> 乙です

まぁ渋みと旨味がいい塩梅のお茶で一服しんしゃい つ旦 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)
(愛知県)<>sage<>2011/12/06(火) 18:40:04.05 ID:LdmbnnMCo<> この雰囲気なごむわー <> にゃんこ<>saga<>2011/12/08(木) 19:23:12.85 ID:pNo+2vtw0<>




お好み焼きを食べ終えると、
ワタシ達は堂郷先生達の後に続き、少し長い階段を上っていた。
高所に上がっていく事で、生暖かい夏の空気が静かに爽やかに変わっていく。
そういえば、竹原に来てから、福岡で感じていた夏の暑さをあまり感じない気がする。
暑い事は暑いのだけれど、昔から続く日本家屋を目にしているせいなのだろうか。
ワタシは不思議と暑さよりも心地良さを感じていた。

「たはーっ、すごかねーっ」

階段を上りながら、麻生さんが誰に聞かせるでもない感嘆の声を上げる。
ワタシは軽く後ろに視線を向けてみる。
まだ完全に上り切ったわけじゃないのに、麻生さんの言う事は正しかった。
そんなに高い建物がないからでもあるんだろう。
少し高所に上っただけで、竹原の保存地区のほとんどを一望する事が出来た。
ワタシの口から小さく溜息が漏れる。
とても不思議な感覚がワタシの全身に流れる気がする。
ワタシの住んでいる所もそんなに都会というわけじゃないけど、
こんな古い街並みが残っていて、そこに人が住んでるなんてとても不思議だ。
しかも、さっきまでワタシはその古い街並みで、お好み焼きを食べていたのだ。
もうこれは不思議以外の何物でもないだろう。
ワタシの知らない不思議はやっぱり世界にたくさんあるのだ。
お好み焼きと言えば、広島ではお好み焼きを広島焼きや広島風お好み焼きとは呼ばず、
普通にただお好み焼きと呼ぶのだと店主さん(やっぱり店主さんだった)が教えてくれた。
これもワタシの知らない不思議と言えば不思議だ。
福岡に帰ったら、青に教えてあげようと思う。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/08(木) 19:25:56.82 ID:pNo+2vtw0<> 「いいから……、とりあえず早く上まで行ってくれ……」

そう辛そうに麻生さんにぼやいたのはネギシ先輩だった。
覗き込んでみると、顔色が物凄く悪かった。
これは別にネギシ先輩の体力が無いというわけではない。
ネギシ先輩はさっき無理をし過ぎた後遺症に苦しまされているだけなのだ。

『ほぼろ』に入る前に、
堂郷先生が沢渡さん達に奢ると言っていた『いつもの』は、お好み焼きの三枚重ねだった。
ワタシでも一枚でお腹いっぱいなのに、
小柄な沢渡さんや華奢な三次さんが三枚も食べられるのかと思っていたら、
二人ともやっぱり食べ切れなくて一枚で限界らしかった。
沢渡さん達は残ったお好み焼きを持ち帰ろうとしていたが、
すぐに家に戻るわけではないし、夏場に食べ物を持ち歩くというのもどうかという話になった。
それで沢渡さん達のお好み焼きの残りを余力のある美術部の皆が食べる事になったのだ。
とは言え、美術部の皆もほとんどの人がお腹いっぱいで、
結局、残された四枚を食べられる余力が残っていたのは、
部長さん、ネギシ先輩、カミヤ先輩、春日野先生の四人だけだった。
大柄な部長さん、いつも元気なカミヤ先輩と春日野先生は軽く食べ切っていたが、
意外と文化系(美術部だから当然なのだが)なネギシ先輩は、
胃の容量的に大きめのお好み焼き二枚を食べ切るのが辛いようだった。
それでも、ネギシ先輩はやっぱり意地っ張りで、お好み焼きを一人で無理矢理に食べ切ったのだ。
流石はネギシ先輩だと思う。
無茶のし過ぎだと思わなくも無いけど、
そんな子供っぽい無茶をするネギシ先輩がワタシは嫌いではない。

「大丈夫ですか、根岸先輩?」

気を遣いながら、鳥飼さんがネギシ先輩の背中を擦る。
引き攣った微笑みを向けながら、ネギシ先輩が軽く手を振った。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/08(木) 19:26:29.43 ID:pNo+2vtw0<> 「ああ、大丈夫だよ、鳥飼。
気にすんなって。上で少し休めばすぐ回復する……」

「流石はネギシ先輩。男の子っすねー」

「だから、おまえはさっさと階段上れっつってんだろ……!」

からかうように麻生さんが笑い、ネギシ先輩が力無く文句を返した。
いつもなら勢いよく叫んで文句を返すはずなのだが、
やっぱり相当に辛いらしく、その声には本当に力がこもっていなかった。
急にキレる普段のネギシ先輩は苦手だけれど、
辛そうで元気の無いネギシ先輩の姿を見せられるのは逆に不安させられた。
ワタシは麻生さんの肩を軽く叩いて、階段の先に指差した。
麻生さんは少し申し訳なさそうに苦笑し、頭を掻いてから軽く階段を上って行った。
ネギシ先輩に軽く一礼してから、ワタシも麻生さんに続いて階段を上る。

「よーし、まずは此処が竹原のお勧めスポットの西方寺だ。
しっかり目と心に刻めよー!」

階段を上り切った場所で待っていたのは堂郷先生だった。
堂郷先生は一人で二枚どころか三枚もお好み焼きを食べていたはずなのに、その姿は物凄く元気そうだった。
むしろお好み焼きを三枚食べた事で体力が満タンになったって感じだ。
広島の人は凄いなあ……。
いや、流石にこれは堂郷先生だけか?

「オーッ! 確かにコレは見事ナ景色デース!」

身を乗り出しそうにしながら、
ワタシ達より先に来ていたケイトが歓声を上げる。
ワタシと麻生さんもケイトの横に駆け寄って、竹原の街並みを見下ろしてみる。
階段を上っている途中でも見えていたが、
上り切った後で見る竹原の景色は心に残った。
所々、現代的な建物は目に入るけれど、
それでもそれ以上に現代に残っている事が信じられないくらい古い建物がそこかしこに見えた。
何だかこの辺の街並みだけが現代にタイムスリップしてきたかのようだ。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/08(木) 19:27:13.37 ID:pNo+2vtw0<> でも、ワタシには一つだけ残念な事があった。
竹原の街並みに不満があるわけではない。
ワタシの勝手な思い込みだけれど、
竹原は竹がたくさん生えてる原っぱみたいな町ではないかと思っていた。
その理論だと広島は広い島でないといけなくなってしまうが、
ワタシは半ば本気で竹原はそういう町なのだろうと勝手に信じていたのだ。

「ソレデ、竹の原っぱはドコデスカー?」

急に無邪気な表情を浮かべたケイトが、堂郷先生の隣に居た沢渡さんに訊ねた。
……ケイトもワタシと同じ事を考えていたらしい。
沢渡さんが困ったように苦笑して返す。

「あの……、確かに竹原って地名なんですけど、竹の原っぱはこの辺には無いので……」

「ソーナンデスカー? 残念デス」

「あ、竹の原っぱはありませんけど、でも……」

言って、肩に掛けていた小さな鞄から沢渡さんが何かを取り出した。
竹製の……、何だろう……?

「あ、ケーナみたいね、それ」

お参りに行っていたお寺の方から戻って来た佐々木先輩が、
沢渡さんの後ろからその竹製の何かを覗き込みながら微笑む。
ケーナ……?
何処かで聞いた事があるような気がするけど……。
ワタシが首を捻っていると、ワタシより先に麻生さんが佐々木先輩に訊ねていた。

「ケーナって言いますと、佐々木先輩が持ってる楽器とですよね?」

「そうそう。前に私が酸欠になった楽器よ」

即座に分かってもらえたのが嬉しかったのか、佐々木先輩が笑顔で麻生さんの言葉に応じる。
酸欠になったのか……。
でも、酸欠になった事を笑顔で話せるなんて、佐々木先輩もすごい。
ワタシの先輩はすごい人達ばかりだ。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/08(木) 19:28:17.73 ID:pNo+2vtw0<>

今回はここまで。
スローテンポですが、そろそろ『たまゆら』新キャラも出る予定です。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/10(土) 19:31:27.63 ID:mL4LE+Zb0<> ケーナならワタシも知っている。
佐々木先輩が竹製の楽器を何度か美術室で吹いていた事があったはずだ。
あれがケーナだったんだろう。
言われてみれば、沢渡さんが取り出した竹製の何かはケーナみたいにも見える。
長い竹と短い竹が木琴みたいに並べられて結ばれているが、
ハーモニカみたいに吹く場所を変える事で音階が変わるのだろうか。

「あっ、でもケーナと言うよりは、パンフルートみたいな感じね」

不意に何かを思い出したように佐々木先輩が言った。
パンフルートとは何だろう。
名前の響きからすると、きっとパンで作られたフルートに違いない。
パンの長さで音階が変わり、音階によってパンの味が違うのだ。
ドはドーナツ味、レはレモン味、そして、ミはミルク味だったりするのだろう。
ワタシがそう考えながら一人で頷いていると、
佐々木先輩が苦笑いしながらワタシの肩を叩いた。

「いやいや、パンフルートはパンで作られたフルートじゃないからね。
言ってみれば……、ケーナを横に並べたって感じの楽器かな」

考えていた事をそのまま指摘されてしまった。
ワタシはそんなに顔に出やすいタイプなのだろうか。
ワタシは自分の顔を軽く触ってみる。
触ってみた所で自分の表情が分かるはずもないが、何となくそうしたかったのだ。

「あれ? でも、これどうやって吹くんだろう?
吹く所が無いような……」

佐々木先輩が沢渡さんの手の中にある竹製の何かを見ながら首を捻る。
ワタシも沢渡さんの手元に視線を向けてみる。
確かにケーナの発展形の楽器にしては、どうにも吹きにくそうだ。
頑張れば吹けなくもないだろうけど、頑張って吹く笛と言うのも変な話だろう。
こう見えてワタシも空き瓶を笛にして、低音と高温を吹き分ける事が出来るのだ。
一人の笛吹き師としては、それが笛か笛でないかは見分けられないといけないのだ。

「あ……、ごめんなさい、皆さん。
これは吹く楽器じゃないんです。
こうやって……、演奏するので」

沢渡さんが苦笑しながら、鞄の中から太鼓のバチの様な物を取り出した。
バチの部分に付けられているのはゴムみたいに見える。
小さく息を吸うと、沢渡さんは竹の上の方を軽く叩き始めた。
竹製の何かから聞き慣れた音階が鳴り始める。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/10(土) 19:31:54.14 ID:mL4LE+Zb0<> ミ、ソ、ラ、シ……かな?
竹製の何かは四本並んでるだけに、四つの音に分けられているようだ。
少し気の抜ける音が何だか可愛らしい。
でも、ミ、ソ、ラ、シだけで、どんな曲が演奏出来るのだろう。
ワタシはちょっと心配になったが、沢渡さんは鮮やかに楽しそうに曲の演奏を始めた。
沢渡さんの演奏している曲が何なのか、音楽に詳しくないワタシにもすぐに分かった。
『かごめかごめ』だ。
ワタシは知らなかったが、どうやら『かごめかごめ』は四つの音で演奏出来る曲らしい。

長い演奏じゃなかった。
難しい曲というわけでもない。
簡単で誰でも奏でられる曲だろう。
でも、ワタシは不思議と幸せな気分になって、気が付けば無意識の内に拍手を始めていた。
その拍手に誰かの拍手が重なる。
誰の拍手だろうと思って周りに視線を向けてみると、
三次さんが嬉しそうな表情で手を叩いているのを見つけた。
感極まった様子で、三次さんが沢渡さんに称賛の声を上げる。

「上手だね、ふうにょん!」

「ありがとう、ちひろちゃん。
梶原さんも……、ありがとうございます」

沢渡さんが嬉しそうに言いながら、
手に持った竹製の楽器を興味津々そうな佐々木先輩に手渡してあげていた。
佐々木先輩は細い目を更に細め、竹製の楽器をバチで軽く叩く。

「そっかー、打楽器だったのね。
道理で吹く所が無いわけね。
パンフルートじゃなくて、木琴系の楽器だったんだ……」

うんうん、と佐々木先輩が一人で頷く。
佐々木先輩は楽器が好きだ。
ギターの演奏は上手だし、それ以外の楽器も大抵の演奏が出来る人なのだ。
そんな人がどうして美術部に居るのだろうと思う事もあるが、佐々木先輩はそれでいいのだとも思う。
佐々木先輩はきっと音楽も美術も関係無く、芸術の全てを愛している人なのだ。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/10(土) 19:32:20.54 ID:mL4LE+Zb0<> 「ミニクロンプットって言うんですよ」

軽い演奏を始めている佐々木先輩に沢渡さんが小さく囁いた。
演奏の邪魔をしないよう、気を遣っているのだろう。

「へえ……。ミニクロンプットって名前なんだね」

佐々木先輩ではなく、三次さんが何処となく嬉しそうな表情で沢渡さんに訊ねる。
沢渡さんは佐々木先輩と三次さんの両方に聞こえるよう、少しだけ声を大きくして続けた。

「うん、そうだよ、ちひろちゃん。
竹原の名物……って程でもないけど、竹原じゃ結構有名な楽器なんだよ。
私ね、子供の頃からこの楽器が好きなんだ。
それで今日はね……、えっと……」

沢渡さんが赤くなって急に口ごもる。
三次さんが心配そうな表情になって沢渡さんの顔を覗き込み、
佐々木先輩もミニクロンプットという名前の楽器の演奏を止めた。
その様子を見ていた堂郷先生が、多分わざと明るい声で沢渡さんに訊ねた。

「どうしたんだ、沢渡?
言いにくい事なら先生が代わりに言ってやるぞ?
さあ、先生に何でも話してみろ!」

「い……、いえいえ!
平気なので。自分で言える、ので!」

沢渡さんは大きく手を振って、堂郷先生の申し出を遠慮した。
そして、深呼吸。
意を決した表情で、沢渡さんはもう一度口を開いた。

「今日はミニクロンプットの音を……、
ちひろちゃんに聴いてもらいたかった、ので。
私の大好きな竹原の音を聴いてもらいたくて……。
だから……、今日は鞄の中にミニクロンプットを入れてきたので……」

言い終わった後、沢渡さんがまた顔を赤く染める。
なるほど。
竹原の人とは言っても、流石に地元の楽器をいつも持ち歩くはずがない。
今日、沢渡さんがミニクロンプットを鞄の中に入れていたのは、
親友の三次さんに自分の大好きな楽器の音色を聴かせてあげるためだったのだ。
堂郷先生が沢渡さんの言葉を聞いて、嬉しそうに頷く。
佐々木先輩も小さく微笑みながら、沢渡さんの頭を撫でてあげていた。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/10(土) 19:32:50.94 ID:mL4LE+Zb0<> 不意に。
三次さんの瞳から小さな涙が溢れ出ていた。

「ふ……、ふうにょーん……」

悲しい涙ではない事はワタシにもすぐに分かった。
三次さんが嬉しそうな笑顔を浮かべながら涙を流していたからだ。
まだ短い付き合いだが、ワタシにも少し分かり始めていた。
三次さんは沢渡さんの事になると涙脆くなるのだという事を。
それくらい、三次さんの心の真ん中には沢渡さんが居るのだろう。

「あああ……、ちひろちゃん、泣かないで。
ごめんね、変な事言っちゃって……」

「ううん、こっちこそごめんね、ふうにょん……。
私、嬉しくて……、それなのに涙が止まらなくって……」

沢渡さんと三次さんが手を取り合う。
まだ、三次さんの喜びの涙は止まらない。
三次さんの涙が止まるには、もう少しの時間が掛かりそうだ。

「……という事だ、ケイト!」

唐突に堂郷先生が腰に手を当てて満足そうに言った。

「ド、ドーユーコトデスカーッ?」

普段、突拍子の無い発言で皆を驚かせているケイトだけれど、
自分に突拍子の無い発言を浴びせられる事には慣れていないらしかった。
珍しく動揺した様子で、堂郷先生に突っ込むように叫んでいた。
堂郷先生は満足そうな笑みを崩さず、ケイトに向けて続ける。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/10(土) 19:33:25.40 ID:mL4LE+Zb0<> 「だから、そういう事だ。
竹原には本当に竹の原っぱがあるわけじゃない。
だが、町の中でも見かけたと思うが、竹原には竹よりは竹細工が溢れているだろう?
これは竹原にとって、竹は名物と言うより象徴的な物である事を示してるんだ。
竹林があるかどうかは重要じゃない。
いつも心の中に自分達の象徴を持っている事が重要なんだ。
自分達の象徴を誇れる事が大切なのだ!」

「ショーチョーデスカー……」

まだ納得出来てないらしく、ケイトが釈然としない素振りで呟く。
納得出来ていないのはワタシも同じだった。
急に象徴と言われても、どう反応すればいいのかワタシにもよく分からない。
ワタシの隣に居る麻生さん、佐々木先輩も小さく苦笑を浮かべている。
皆、堂郷先生の突然な言葉を、どう受け取ればいいのか分かっていないのだ。

でも、それでいいのだとワタシは思った。
堂郷先生の言葉の事ではない。
沢渡さん達の様子を見ていて、思ったのだ。
象徴云々はともかくとして、沢渡さんが竹原の事を大好きだと感じているのは間違いない。
三次さんがそんな沢渡さんの事を大好きなのも間違いない。
それを繋げる物が竹原の竹製のミニクロンプットだったという話なのだ。
多分、それでいいのだろう。

気が付けばケイトも軽く微笑みながら、沢渡さん達の様子を見ていた。
堂郷先生の言葉より何より、
竹原が好きな沢渡さんの姿を信じようと思っているのかもしれない。

佐々木先輩がまたミニクロンプットを鳴らした。
竹原に響く竹の音がワタシ達を包む。
竹を象徴とする町に、竹の優しい音が響く。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/10(土) 19:34:26.86 ID:mL4LE+Zb0<>




しばらくの間、佐々木先輩がミニクロンプットを演奏し、
三次さんの涙が完全に止まり切った頃、甲高い声がワタシ達の近くで響いた。

「あっ、楓ちゃんだ! 楓ちゃーんっ!」

風ちゃん……?
ヒムロ先輩の事だろうか?
ヒムロ先輩の事をそう呼ぶのは、美術部の中ではタナベ先輩だけのはずだ。
でも、今の甲高い声は、どう聞いてもタナベ先輩の声ではない。
じゃあ、誰なんだろう?
竹原にヒムロ先輩の知り合いでもいるのだろうか?
思って、見回してみると、小さな小学生がワタシ達に駆け寄って来ていた。
まだ幼さが残る、元気そうな女の子だった。

「香ちゃん!」

駆け寄って来る女の子と手を繋ぎながら、沢渡さんが小さく微笑む。
あ、そうか。
この女の子は、『風ちゃん』ではなく、『楓ちゃん』と呼んでいたのか。
考えるまでもなく、此処は竹原なのだ。
ヒムロ先輩の知り合いより、沢渡さんの知り合いの方が遥かに多いのは当然だった。
沢渡さんが香ちゃんと呼んだ女の子に向け、首を傾げて訊ねる。

「どうしたの、香ちゃん?
お家で遊んでるんじゃなかったの?」

「ちょっと外に遊びに来てみた!
楓ちゃんこそどうしたの? この人達、お友達なの?」

この人達、というのは、ワタシ達の事だった。
見知らぬ人の群れが、沢渡さんの近くに居るのだ。
香ちゃんという子にしてみれば、ワタシ達と沢渡さんがどんな関係なのか気になる所だろう。
どんな関係なのか気になっているのは、ワタシとしても同じだった。
香ちゃんという子と沢渡さんの関係は何なのだろう?
「お家で遊んでる」という会話からすると、相当近い関係のはずだ。
ひょっとすると、香ちゃんは沢渡さんの妹さんなのだろうか。
ワタシ達の視線が沢渡さんに一斉に集まる。
沢渡さんが苦笑しながら口を開いた瞬間、沢渡さんの物ではない声がその場に響いた。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/10(土) 19:34:48.14 ID:mL4LE+Zb0<> 「どなたですか、この男の子は?」

その声の持ち主はタナベ先輩だった。
何時の間にかワタシ達の傍に近寄って来ていたらしい。
タナベ先輩が突然現れるのは普段の事なので、別段驚く事ではない。
しかし、タナベ先輩の言葉自体は驚くべき言葉だった。
男……の子……?

「いやいや、女の子でしょう、田辺先輩」

やれやれ、と言いたげな様子で、麻生さんが田辺先輩に突っ込んだ。
それはそうだろう。
香ちゃんは何処からどう見ても女の子だ。

「そげよね? 沢渡さん?」

同意を求め、麻生さんが沢渡さんの顔を覗き込んだ。
でも、沢渡さんは驚いた表情を浮かべ、麻生さんの言葉に即答出来ていなかった。
沢渡さんの隣の三次さんも驚いている様に見える。

「どげんしたと、沢渡さ……」

「うわっ!」

麻生さんの言葉が終わる前に、小さな叫び声が響いた。
叫び声の持ち主はタナベ先輩だ。
どうしたのかと思って視線を向けてみると、
タナベ先輩が香ちゃんに抱き着かれて少し体勢を崩していた。
香ちゃんは嬉しそうな顔で、タナベ先輩に抱き着きながら言った。

「ねえ、楓ちゃん、この人すごいね!
すごい! すごーいっ!」

はしゃいだ香ちゃんが、甲高い声で沢渡さんに同意を求める。
驚いた表情のまま、沢渡さんは何度も頷いた。

「う、うん……。すごいね、香ちゃん……」

何が凄いというのだろうか。
タナベ先輩がやったのは、香ちゃんを男の子と言った事だけだ。
という事は、ひょっとして……?
麻生さんが不安そうに表情を浮かべ、もう一度沢渡さんに訊ねる。

「ねえ、沢渡さん……。
もしかして、この香ちゃんって子、本当に……」

「はい……。私の弟、なので……」

「ぅええええええええっ!」

ある意味予想通りの沢渡さんの答えに麻生さんが大声で驚く。
驚いたのはワタシも同じだった。
香ちゃんが男の子だとは全く思っていなかったのだ。
こんな男の子が居るなんて、自分に弟が居る身としても信じられなかった。
そして、信じられないのはタナベ先輩の発言もだった。
タナベ先輩は冗談でも何でもなく、香ちゃんを男の子と本当に判別していたのだ。
一体、どうやって見分けたのだろう……。
ワタシと同じ疑問をもったらしい麻生さんが、半分硬直しながらタナベ先輩にそれを訊ねた。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/10(土) 19:35:19.72 ID:mL4LE+Zb0<> 「田辺先輩……、どうしてこの子を男の子と思ったとですか……?」

それにはタナベ先輩が香ちゃんをおんぶしながら応じた。
……いつの間におんぶをする様な仲になっていたのだろう。

「何を言うのです。
何処からどう見ても男の子でしょう。
ねえ、香ちゃん」

「そうだよねー。えっと、お姉ちゃんの名前は……」

「田辺涼と言います。涼ちゃんとお呼びあれ」

「うん、分かったよ、涼ちゃん!」

香ちゃんが笑い、タナベ先輩が香ちゃんを背負って走り始める。
ワタシ達から離れ、少し遠くに行って、
香ちゃんを美術部の他の皆に見せびらかしている。
香ちゃんを背負ったタナベ先輩の顔は普段と変わらない無表情だったが、
沢渡さんと会話をしている時のヒムロ先輩の様に、普段より何処となく嬉しそうに見えた。
こうして今此処に涼香コンビが結成された。
ふと呆然とした表情で、沢渡さんが麻生さんに向けて呟いていた。

「……凄いですね。美術部の皆さん……。
特に香ちゃんを男の子って言う人、今までほとんど居なかったのに……」

「あたしも常々、うちの先輩達は何なのかって思っとるとよ……」

麻生さんも呟き、沢渡さんと顔を合わせて苦笑する。
得体の知れない先輩を共有する事で、二人の間に仲間意識が芽生え始めているのかもしれない。
何はともあれ、皆が仲良くなっていくのはいい事だと思う。
ワタシも少しは積極的に誰かと話さないといけないのかもしれない。

「何なのよ、あの女ーっ!」

瞬間、苦々しげな表情の春日野先生が、沢渡さんの前に顔を出した。
春日野先生は沢渡さんを見上げ、タナベ先輩を指差しながら悔しそうに詰め寄る。

「何なんですか、あの女はーっ!
ぽってお姉さま!
二人をひきはなして下さい、今すぐに!」

本当に悔しそうだ。
沢渡さんを上目遣いに見上げるその表情は嫉妬に……、
って、あれ?
春日野先生がちっちゃい……?
声も子供っぽくなって、身長も小学生くらいになってる……? <> にゃんこ<>saga<>2011/12/10(土) 19:35:53.83 ID:mL4LE+Zb0<> まさか若返ったのだろうか。
そういえば、竹原で再会した時、
「いい空気ねー。あー、若返るわ―」と言ってた気がする。
なるほど!
竹原の神秘的な空気を吸う事で、春日野先生が若返ってしまったのか!

……そんなわけがなかった。
辺りを見回してみると、
春日野先生が部長さんと何かを話しているのがちゃんと目に入る。
つまり、今沢渡さんに詰め寄っているのは、
当然だけど若返った姿の春日野先生ではないという事だ。
声も外見も似ているから、そんな気がしただけだった。
ちょっと残念だ。
でも、春日野先生みたいなこの女の子と、春日野先生は本当によく似ていた。
声も似ていたし、髪型もそっくりとまではいかないけど似通っている。
もしかすると、春日野先生は子供の頃、こんな子供だったのかもしれない。

「あはは、こまちちゃん……。
引き離してって言われても、私もどういう事なのかさっぱりなので……」

困ったように沢渡さんが苦笑する。
春日野先生みたいなこの女の子の名前はこまちちゃんというらしい。
年格好を見る限りは香ちゃんと同じ年頃に見える。
多分、香ちゃんのクラスメイトか、同じ学校の生徒なのだろう。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/10(土) 19:37:29.92 ID:mL4LE+Zb0<>

此度はここまでです。
ようやく登場人物が少しずつ増えてきました。

しかし、ふうにょんを描写するのは難しいですね。
どうしても、ついあずにゃんみたいになってしまいます。
恐るべし、声の力。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/13(火) 20:10:30.35 ID:Dd1cWd5x0<> 「それよりどうしたの、こまちちゃん?
こんな所で一人でお散歩?」

「はい、ぽってお姉さま。
何かいい写真が撮れないか散歩してたんですけど、
さっき香くんを見つけて、声を掛けようと思ってついて行ってたら……。
あーっ、もう!
だから、何なんですか、あの女はーっ!」

沢渡さんが訊ねると、こまちちゃんがまた悔しそうに叫んだ。
と言うより、ぽってお姉さまと言うのは何なんだろう。
ふうにょんに続く沢渡さんの第二のあだ名なのだろうか。
たくさんあだ名があるのは、知り合いが多い証拠だから何だか羨ましい。
かく言うワタシのあだ名は……、あっ、無い……。
………。

気分を取り直そう。
とにかく、見る限り、こまちちゃんは香ちゃんの事が好きなようだ。
好きな子が初めて見る知らない人におんぶされているなんて、
そんな物を目撃してしまったら、悔しくて寂しい気持ちになるものだろう。
ワタシだって、ミケが知らない人に懐いていたら何だか寂しい。
多分、それはこまちちゃんやワタシだけじゃなく、きっと三次さんも……。

「あの人はね。
福岡の高校から合宿に来た美術部の人なので」

悔しさで居ても立っても居られなさそうなこまちちゃんに、沢渡さんが優しく説明をしてあげる。
沢渡さんのその様子は意外に結構落ち着いているように見えた。
小さな弟さんが居るから、年下の子の扱いには少し慣れている方なのかもしれない。
ワタシにも弟の青が居るけど、
年下の子の扱いが上手いとは言えないから、その点も沢渡さんはすごいなと思う。
ワタシなんかはネギシ先輩の妹のみなもちゃんにも気を遣わせてしまってるくらいだ。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/13(火) 20:11:10.43 ID:Dd1cWd5x0<> 「福岡の高校の美術部?
そっちの人達もですか?」

こまちちゃんが訝しげな視線をワタシ達に向ける。
しばらく睨まれていたようだったが、こまちちゃんは急に不敵に微笑んだ。

「ふっ……、嘘ね!」

「な……、何でっ?」

急に自分の発言を否定され、沢渡さんが少し動揺した声を上げた。
そんな事は無いとこまちちゃんに説明してあげたかったが、ワタシは何も言う事が出来なかった。
初対面の子と言葉を交わすのが苦手だからというだけじゃなく、
ワタシ達が福岡から来たという証拠が何も無い事に気付いてしまったからだ。
新幹線の券はもう使ってしまったし、
沢渡さんもワタシ達が本当に福岡から合宿に来ているのかは証明出来ない。
沢渡さんにしたって、堂郷先生の言葉をそのまま信じているだけなのだ。
どう証明しろと言うのだろう。
勿論、そんな事で嘘を吐く必要は何処にも無いのだが。

しかし、こまちちゃんはどうして、ワタシ達が福岡から来たという話を嘘だと思ったのだろう。
それこそ証明出来る事ではないと思うのだが。
ワタシが首を傾げてこまちちゃんを見つめると、
こまちちゃんは腰に手を当て胸を張って高々と言い放った。

「さっきからあの女の様子を見てたけど、全然博多弁を使ってないじゃない!
博多弁を使わない福岡県民なんて偽物よ、偽物!」

何故だかワタシの方を見ながら言われてしまった。
あの女と言うのはタナベ先輩の事だろう。
確かにこまちちゃんの言葉通り、タナベ先輩の口から博多弁が出る事は無い。
タナベ先輩だけじゃない。
私も含め、美術部のほとんどの部員は博多弁を喋らない。
別に意識しているわけじゃないけど、
お年寄りの人達ならともかく、ワタシ達くらいの年頃だと方言が出る事は少ないのだ。
でも、そんな理由で福岡県民の偽物だと思われていたのか……。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/13(火) 20:13:08.22 ID:Dd1cWd5x0<> と。
偽物だと言われたのがちょっと気に障ったのか、
それには麻生さんが真っ当な正論で反論を始めた。

「こまちちゃん……やったっけ?
君も広島弁喋っとらんやん。その理屈やと君も広島県民やなくなるよ」

正論だった。
真っ当過ぎてこれにはこまちちゃんもぐうの音も出ない……、
かと思いきや、更に不敵な表情で反論し返した。

「私は若いからいいのよ!
若い子からは方言が出ないのが常識でしょ!」

無茶苦茶過ぎる……。
確かにこまちちゃんが若いのは認めるけど、
それにしたってワタシ達と五歳も変わらないはずだ。
この無茶苦茶さはやっぱり春日野先生に繋がる所がある気がする。
勝手な判断で申し訳ないけど、
春日野先生の子供の頃の姿はこまちちゃんその物だったという事にしよう。

私の考えている事を余所に、
麻生さんが困った様子で肩を竦めて続ける。

「確かにあたしも博多弁を使っとる方じゃないけえね。
そう言われるとあたし達が福岡県民だって証明はしにくいんやけど……」

「……って、あんたのその言葉、博多弁じゃない!」

「えっ! 今、あたし博多弁使っとったと?」

こまちちゃんが突っ込むと、麻生さんが本気で驚いた様子で自分を指差した。
流石に標準語を使っているつもりは無いだろうけど、
自分の方言がきつい方だとも思っていなかったのだろう。
他人の事は気付けるけど、自分の事は自分では気付きにくいものなのだ。
こういうのを岡目八目と言うんだっただろうか。

こまちちゃんは少しだけ視線を優しく変えて、麻生さんに笑い掛ける。

「まあ、いいわ。
博多弁を使うんなら、あんた達を福岡県民と認めてあげてもいいわよ」

「そ……、そりゃどうも」

「その代わり、あんたに訊ねたい事があるの。
えっと、まず……、あんたの名前は?」

「麻生夏海やけど」

「そう。私は篠田こまち。
特別にこまちって呼ぶのを許してあげるわ。
それであんたに訊きたい事があるのよ。
あの女は一体、何なの?」 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/13(火) 20:13:37.18 ID:Dd1cWd5x0<> あの女とはやっぱりタナベ先輩の事だった。
今、香ちゃんを独占しているタナベ先輩の事が気になって仕方が無いのだろう。
少しだけ視線を向けてみると、
タナベ先輩は何時の間にか香ちゃんを背中から下ろし、ヒムロ先輩と肩を並べて立っていた。
耳を澄ませてみると、「涼と風のショートコント」という言葉が風に乗って聞こえてくる。
どうやら香ちゃん相手にコントを始めたらしい。
どんなコントなのか気になって、ワタシはもっと耳を澄ませてみる。

「ねーねー、涼ちゃん」

「どうしたの、風ちゃん」

「デジカメって何の略?」

「デジタル仮面ライダー」

「ああ、ダブル的な」

「うん、ガイアメモリ的な」

……これが面白いと感じるかどうかは人それぞれだろう。
でも、少なくとも香ちゃんには受けているようだった。
香ちゃんは嬉しそうな顔で大声で笑っている。
もしかすると涼風コンビの波長は沢渡姉弟にぴったり合っているのかもしれない。

麻生さんは心底困った表情でタナベ先輩を見つめながら、
肩を大きく落とし、こまちちゃんに向けて呟いた。

「あの人はあたし達の先輩で田辺涼先輩って言うんやけど……、何やろ?」

「何よ、あの女を庇う気?」

「いや、そんなつもりやないんやけど……、本当にあの人、何なんやろ?
ごめん、こまちちゃん。説明出来ん」

小さな望みを持った視線で、麻生さんがワタシに視線を向ける。
でも、説明出来ないのはワタシも同じだった。
ワタシは大きく首を横に振って、謝るつもりでこまちちゃんに頭を下げた。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/13(火) 20:14:40.43 ID:Dd1cWd5x0<>

今回はここまでです。
牛歩展開ですね。もう少しペースを上げて行きたいです。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/15(木) 19:18:24.12 ID:fJUeZbYv0<>




タナベ先輩の事をあれこれ話している内に、
麻生さんとこまちちやんは少しずつ仲良くなってきたらしい。
二人の表情に笑顔が交じり始めた頃、
ワタシは小さく会釈をして、皆から少し離れた場所に歩いて行った。

リュックサックからバスタオルを取り出し、
竹原を一望出来る場所にある石の上に広げて敷く。
そのままスケッチブックを開こうとして、ちょっと思い直す。
少し喉が渇いている事に気付いたのだ。
ワタシは水筒の蓋を取ると、お茶を入れてから一息吐く。
福岡から入れてきたお茶はまだ温かかった。
よく味わいながら、飲み干していく。
うん、上出来な味だ。
このお茶は福岡に帰るまで新しく淹れられないから、大切に飲むとしよう。

ふう……。

深呼吸。
辺りを見回すと、美術部の皆は広島の人達と話を始めているみたいだった。
タナベ先輩とヒムロ先輩は相変わらず香ちゃんと遊び、楽しそうにしている。
それをたまにケイトが突っ込む事でトリオ漫才が成立したりもしていた。
部長さん、春日野先生、佐々木先輩、クリハラ先輩は、
堂郷先生と広島の名所の事や、このお寺についての話なんかを始めてるようだ。
こまちちゃんは香ちゃんの事を気にしながらも、
麻生さんや、麻生さん達が何を話してるのか気になったらしい鳥飼さん、
暑いのか笠を被っているカミヤ先輩と何処となく楽しそうに話し合っていた。

沢渡さんはクガ先輩を気にしているようだった。
そもそも沢渡さんがこの合宿に付き合う気になってくれたのは、
クガ先輩の事が気になるからなのだから、それも当然と言えば当然だった。
沢渡さんはクガ先輩をチラチラ見ながら、複雑そうな表情を浮かべていた。
自分より背の低い年上の人が居る事を喜んでいいのか、
いやいや、それを喜ぶのは流石に失礼じゃないのか、
そんな考えが頭の中で渦を巻いているのだろう。

クガ先輩はと言えば、そんな沢渡さんの様子に気付いているみたいだった。
わざとらしく沢渡さんの方に近付いて肩を叩いて驚かし、
「別に何でも無いのよ」と呟いて、少し遠くに走り去って行く。
何をされたのか分からずに戸惑った沢渡さんがどうにか一息吐いた所で、
クガ先輩はまた隙を突いて沢渡さんの肩を叩き、「別に何でも無いのよ」と呟いて逃げる。
それを三回くらい繰り返した頃、
流石にそれを放置するのはどうかと思ったのか、
ネギシ先輩が逃げ回るクガ先輩の服の襟を掴んで、「やめてやれよ」と呆れ顔で突っ込んでいた。
まだお腹がいっぱいなのか、結構辛そうな顔をしながらだったが。

不思議な関係だ、とワタシはいつも思う。
声が大きくて元気なネギシ先輩と、物静かな方であるクガ先輩。
どう見ても正反対の性格なのに、二人は先輩達の中でも特に親しい間柄だ。
正反対の性格の男の人と女の人が仲良くなれる事もある。
美術部に入部するまで、ワタシはそんな事も知らなかった。
だから、ワタシはネギシ先輩とクガ先輩が二人で居るのを見ると、何だか嬉しい。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/15(木) 19:19:01.38 ID:fJUeZbYv0<> 少しだけ笑って、ワタシはスケッチブックを開く。
竹原の風景の方ではなく、皆の方に身体を向け直して、鉛筆を取り出す。
今はまだ観光案内中だし、急いでスケッチをする必要があるわけでもない。
絵を描く時間は後で幾らでもあるだろう。
でも、ワタシはこの光景を残しておきたかった。
ワタシは筆が早い方じゃないけれど、
今のワタシの気持ちを紙の上に少しでも残しておけば、
後で今の光景を思い出しながら絵を描く事が出来るはずだ。

紙の上に軽く鉛筆を走らせる。
竹原まで来ておいて変な話だけど、竹原の風景じゃなくてその場に居る皆の姿を記していく。
絵描きとしては駄目なのかもしれないが、ワタシとしてはそれでいいのだ。
今一番描きたいのは『竹原に居る皆の姿』なのだから。

おぼろげながらスケッチが出来始めた頃、
太陽の光が差していたはずのスケッチブックの上に小さな影が舞い降りた。
曇り始めて来たのだろうかと思ったが、そうではなかった。
よく見ると影の形は人の形をしている。
そう。誰かがワタシの後ろから、スケッチブックを覗き込んでいたのだ。
驚いて振り向くと、その場に立っていたのは三次さんだった。

「上手だね、梶原さんの絵」

急に褒められ、ワタシは自分の顔が赤くなるのを感じた。
展覧会に出品しても中々入選しないワタシの絵なのだ。
そもそも絵の描き方も我流で独学だ。
絵を誰かに褒められた事なんてあんまり無い。
顔を赤くするなと言う方が無理だった。

あ、あ……、あり……、ありが……。

上手く言葉に出来ない。
普段から声を上手く出すのが苦手なワタシなのに、
こんな時だけ上手くお礼の言葉を出せるはずもない。
いっそこのまま黙り込んでしまおうかとも思ったけど、
三次さんはワタシの拙くて下手くそな言葉を静かに待ってくれているようだった。
何も言わず、小さく微笑んでワタシの顔を覗き込んでくれている。
大きく息を吸う。
心臓が大きく動くのを感じながら、どうにかもう一度声を出してみる。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/15(木) 19:19:29.30 ID:fJUeZbYv0<> ありが……、ありがとう、三次さん……。
褒めてくれて……嬉しい……。

「ううん、お礼なんて言わないで、梶原さん。
それより、ごめんなさい。
梶原さんの絵、すごく上手だから、つい声を掛けちゃったの。
絵を描いてる時に、ごめんなさい、梶原さん」

三次さんも謝らないで……。
気にして……、ない……。

視線を合わせる事は出来なかったけど、
口から言葉を出す事だけは何とか出来た。
完全に三次さんのおかげではあるけど、
ワタシにしては初対面の人相手に快挙と言えるかもしれない。

ワタシは小さく息を吐く。
三次さんと話す事が出来たのは嬉しい。
でも、何となく気になっていた。
気になって仕方が無い事があった。
勿論、それを言葉に出して訊ねる事は出来なかった。
三次さんは沢渡さんの傍に居なくてもいいのだろうか?
横須賀……は確か神奈川県にあったはずだ。
福岡よりももっと遠い場所にある都市から、
沢渡さんに会うために竹原にやって来た三次さん。
本当はもっと沢渡さんの近くに居たいはずなのに、
初対面のワタシに話し掛けていていいのだろうか?

答えは出せない。
三次さんと沢渡さんの間には、
ワタシが考える以上の深い関係があるのかもしれない。
ワタシが勝手に三次さんの心配をする必要なんて無いのだ。
でも……、ワタシは勇気を出したくなった。
沢渡さんとの事を心配するなんて、多分、三次さんにも迷惑だ。
だから、別の意味で勇気を出そうと思った。
もう二度と来る事も無いかもしれない土地で、
ほとんど奇蹟的に出会えた三次さんの事をもっと知りたくなったのだ。
人見知りなワタシなくせに、珍しい事を考えてしまったものだと思う。
だけど、三次さんの事だけは深く知りたくなった。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/15(木) 19:20:04.67 ID:fJUeZbYv0<> 心臓の音が大きくなるのを感じながら、
ワタシは少しずつ三次さんと視線を合わせてみる。
マイペース過ぎるゆっくりしたワタシの動きだったけど、
三次さんはワタシの行動を静かに微笑んで待ってくれていた。
ワタシもどうにか微笑んで、自分の座っているバスタオルの右隣を指差した。
それだけで理解してもらえるかどうかは不安だったが、
三次さんはまた優しく微笑んでワタシの隣に座ってくれた。
よかった。
分かってもらえたんだ。

三次さんと肩を並べて座る。
二人で竹原の風景……、
じゃなくて、竹原の空の下の皆の姿を見つめる。
三次さんは勿論、沢渡さんの姿を重点的に見つめて、
ワタシは多分、麻生さんの姿を誰よりも追っていた。
沢渡さんも麻生さんも楽しそうだった。
沢渡さんはクガ先輩にからかわれながらも笑顔で、
麻生さんはこまちちゃんとは仲の良い姉妹みたいに微笑み合っていた。

それは嬉しい事だ。
どんな空の下でも、どんな人の前でも、
どんな時にでも笑顔で居る友達の姿は嬉しく感じられる。
ほっと安心出来る。
でも……、でも、何故かそれはワタシの胸に……。
寂しい気持ちを……。

「竹原っていい所だね」

不意に三次さんが呟いた。
急な言葉に驚いたけど、ワタシは大きく頷いた。
まだ少しの時間しか滞在してないけど、三次さんの言葉に異論は無い。
いい町だと思う。
美術部の皆も初対面の人達相手に優しい笑顔を浮かべられている。
竹原がいい町である証拠だ。そんな優しい町なのだ。
優しい顔を浮かべた三次さんが静かに続ける。

「私ね。
一昨日から竹原に来てるんだけど、
竹原って本当にいい町だって思ってるんだ。
ふうにょんの友達もいい人ばっかりだし、ふうにょんが元気そうで安心した。
この町はきっとそんな優しい町なんだよね……」

三次さんの言葉が止まる。
ワタシも言葉を出す事が出来ない。
優しい町の優しい風に吹かれながら、
その優しさに完全に浸り切れない自分に気付く。
それから先、ワタシ達は新しい言葉を紡ぐ事が出来なかった。
優しさに包まれながら、ほんの少しの違和感を胸の中から消し去る事が出来なかった。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/15(木) 19:20:42.79 ID:fJUeZbYv0<>

今回はここまで。
もうすぐスケッチブックの新刊が出るので楽しみな自分が居ます。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/29(木) 19:40:25.04 ID:BSON+2tX0<>




『善明閣』とその建物には書いてあった。
西方寺から徒歩約三分の所にそれはあった。
テレビで何度かは見た事がある建物だが、
まさか自分の居る場所からこんなに近くにあるとは思わなかった。
西方寺のある場所から丁度死角になっていたから、気付けなかったのだろう。

堂郷先生に連れられ、善明閣の境内の間近でワタシ達は足を止める。
柱や柵なんかが綺麗に赤く染められていて、はっとするくらい綺麗だ。
本当に足を踏み入れていいのか迷ってしまう。
けれど、何でもない事みたいに、
沢渡さんと堂郷先生が靴を脱いで善明閣の境内に上がっていた。
地元の人達にとっては、それくらい慣れ親しんだ建物なのだろう。

沢渡さん達に続いて、
靴を脱いだ麻生さんやケイト達が善明閣に足を踏み入れていく。
それでも、ワタシはまだ何となく躊躇っていた。
よそ者のワタシが簡単に足を踏み入れていいのか、少し不安が胸の中にあったからだ。
よそ者が足を踏み入れた事に腹を立てた善明閣に住む何か(何と聞かれても困るが)が、
ワタシにバチを与えるかもしれないと思うと、何だかちょっと恐い。
勿論、そんな事は無いんだろうけど、それでもやっぱりちょっと恐い。
皆は恐くないんだろうか?
そう思い、ワタシは軽く周囲を見渡してみる。
残念ながら、美術部の皆はそんな不安を持ってないらしく、
全員が靴を脱いで善明閣に上がり、西方寺より更に眺めのいい風景を楽しんでるみたいだった。

ワタシの考え過ぎなのか……。
少し落ち込んでから、ワタシも靴を脱ごうとすると、
目の前で誰かがワタシを待ってくれている事に気が付いた。
待っていてくれたのは三次さんだった。
三次さんもワタシと同じく善明寺に住む何かがちょっと恐かったのだろうか。
いやいや、そんな事は無いか。
きっともたもたしているワタシを待っていてくれたのだ。
少し申し訳なくなって、ワタシは三次さんと視線を合わせて一礼する。
すると、三次さんは軽く微笑んで、「行こう、梶原さん」と言ってくれた。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/29(木) 19:40:54.89 ID:BSON+2tX0<> うん、行こう。

気が付けば、ワタシは言葉にしていた。
自分で言うのも変だが、これはとても珍しい事だった。
初対面の人相手に返事の声を出すなんて、どれくらいぶりになるんだろう。
不思議な感覚だった。
さっきから感じている事だが、
三次さんとワタシは本当に似てるんじゃないだろうか。
勿論、沢渡さんも人見知りする方なのだろうが、ワタシ達とは少し違う人見知りだと思う。
沢渡さんは前に進んでいく事が出来る人見知りだ。
初対面の人に恐がりながら、新しい出会いを大切に出来る人に見える。

ワタシ達……、ワタシと三次さんは多分、考えてしまってる事がある。
新しい出会いを恐がってしまう自分に気付く。
誰にも言わないけれど、
誰にも言いたくないけれど、ワタシ達は多分……。
多分、そういう所で、ワタシ達は似ているのだろう。

善明閣から見る景色は、西方寺から見るそれよりずっと見晴らしがよかった。
古いけれど、人の温かさを感じさせる竹の町。
心と胸に焼き付く景色。
優しい光景。

不意にまた風が吹いた。
ワタシの髪が靡き、前髪が少しだけ自分の瞼を掠めた。
ワタシは髪を掻き上げ、首を左右に振って、乱れた髪を少し整える。
首を振った一瞬、ワタシは視界の端に気になる物を見つけた。
隣に居る三次さんに視線を向けて頷くと、
三次さんと一緒にそれに向かってゆっくり近付いてみた。

「あ、空くん。ちひろくんも来たんだ。
やっぱり気になってたんだね」

そう言ったのはクリハラ先輩だった。
クリハラ先輩は景色よりもそれに興味があるらしく、
善明閣の柵に腰掛けて、楽しそうにそれに視線を向けていた。
クリハラ先輩の隣では、少し照れた様子の沢渡さんがもじもじと動いている。
それと言うのは、沢渡さんの撮ったらしい写真の事だ。
沢渡さんは鞄の中に小さなアルバムを入れていたらしく、
写真に興味のあるクリハラ先輩に見せてくれているみたいだ。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/29(木) 19:42:01.24 ID:BSON+2tX0<> 「空くんも見てみなよ。いい写真だよ」

クリハラ先輩に差し出され、ワタシはその小さなアルバムを受け取る。
沢渡さんに視線を向けてみると、少し顔を赤くしながらも頷いてくれた。
ワタシが見ても構わないという事なのだろう。
やっぱり、人見知りでも前向きだなあ、と思う。
自分のスケッチブックを人に見せる自信は、ワタシにはまだちょっと無い。
ワタシは沢渡さんに一礼してから、三次さんと一緒にそのアルバムを捲っていく。

ふう……。

写真を見ながら、ワタシは思わず溜息を漏らしていた。
呆れたわけではないし、疲れたわけでもない。
クリハラ先輩の言葉通り、沢渡さんの写真がいい写真だったからだ。
こんな写真が撮れるものなのか、と思った。
ワタシは別に写真に詳しいわけではない。
技術的な事は何も分からない。
だけど、ワタシは沢渡さんの写真は好きだと思った。
沢渡さんの写真の中には、ぼけていたり、ぶれていたりする写真も少なくなかった。
ワタシの絵と同じ様に、未熟な所が見受けられるアルバムの中の写真達。
それでも、沢渡さんの写真達は元気で、
生き生きとしている感じがして、眩しかった。

「昨日も見せてもらったけど、ふうにょんの写真ってやっぱり素敵だね。
見てると元気が出てくるよ」

三次さんが嬉しそうに沢渡さんに笑い掛ける。
信頼感に満ち溢れた三次さんの笑顔。

「えへへ。ちひろちゃん、褒め過ぎなので」

沢渡さんが頬を赤く染める。
その沢渡さんの表情に目を細めながら、三次さんはアルバムを捲る。
瞬間、ワタシは見逃さなかった。
アルバムのそのページに辿り着いた瞬間、
三次さんの笑顔がほんの少し寂しそうに変わっていた事に。
寂しそうな三次さんの表情に不安を感じたワタシは、
もう一度アルバムに視線を下ろしてじっと観察してみる。

そのページには四枚の写真が収められていた。
その四枚の写真には、どれにも同じ女の子達が写されている。
沢渡さんの友達なのだろうか。
大人しそうなおかっぱ頭の女の子、
髪を両側で結んだ元気そうな女の子、
少しお姉さんっぽいポニーテールの女の子。
皆、タイプは違っていたけれど、一つだけ共通している事があった。
それはその女の子達が笑顔だった事だ。
とても楽しそうで、とても嬉しそうで、とても幸せそうな笑顔……。
写真の撮影者……、沢渡さんを心から信頼している笑顔を浮かべていた。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/29(木) 19:42:35.28 ID:BSON+2tX0<> そんないい写真なのに、三次さんは寂しそうな表情を浮かべている。
大好きな沢渡さんの大好きな写真なのに……。
でも、ワタシにも三次さんの気持ちはちょっと分かった。
きっと三次さんの中では沢渡さんが一番なのだ。
一番だから、複雑な気分になって、一番だから、寂しくなってしまうのだ。
そして、三次さんがそれを沢渡さんに伝える事は、多分無いだろう。
それは本人に伝えてはいけない事だからだ。
だから、三次さんはその寂しげな表情をすぐに笑顔で隠すのだ。

「あっ……。
昨日は気付かなかったけど、これ『たまゆら』じゃないかな?」

不意に三次さんが笑顔で写真を指し示した。
たま……ゆら……?
三次さんの示した写真の箇所には、小さくて丸い何かが写り込んでいた。
沢渡さんの友達が三人並んだ写真の足下の方に一つだけ写り込んでる何か。
心霊写真……?
魂が揺らぐから、たまゆら……?

「『たまゆら』って何だい?」

クリハラ先輩が首を傾げて三次さんに訊ねる。
緊張したのか、三次さんが少し頬を赤く染めて、小さく口を開く。
でも、それより先に沢渡さんが言葉にしていた。
その説明は自分に任せてほしいという感じだった。

「『たまゆら』って言うのは、優しい気持ちが溢れてる時に写真に写る物なので。
昔、写真が好きだったお父さんが教えてくれたんです。
でも、本当だね、ちひろちゃん。
何度も見返したはずなのに、この写真のたまゆらには気付かなかったので。
気付かせてくれてありがとう、ちひろちゃん」

そう言って沢渡さんが微笑むと、
「どういたしまして」と三次さんが照れたように頬を染める。
なるほど。それがたまゆらなのか。
沢渡さん達の様子を見て、クリハラ先輩も優しく微笑む。
気付けば、ワタシも何となく笑顔になっている気がした。
優しい町で写す事が出来る優しい気持ち。
それがたまゆらなのだろう。

と。
沢渡さんの言葉が耳に入っていたらしいネギシ先輩が、
ワタシ達の後ろからたまゆらの写っている写真を見ながら軽く呟いた。

「ん? それって光の反射じゃ……」

「そいやっ!!」

「ぐはっ!!」

最後まで言い終わる前に、クリハラ先輩の拳がネギシ先輩のお腹に直撃していた。
突然の事に沢渡さん達は驚いていたみたいだったが、
クリハラ先輩が笑顔で「気にしないで」と言う事で困った様に微笑んだ。
ネギシ先輩は若干憎々しげにクリハラ先輩を見ていたけれど、
それ以上何も言わずに軽く肩を竦めていた。
ネギシ先輩も自分の言葉が失言だったと気付いたのだろう。

ネギシ先輩が言うように、たまゆらの正体は光の反射なのだろう。
それくらいはワタシにも分かる。
でも、沢渡さんのお父さんが、
優しい気持ちが溢れた時に写る物がたまゆらだと言うのなら、それでいいのだと思う。
いつもはキレやすいネギシ先輩が素直に黙っているのも、きっとそれを分かっているからなのだ。

でも、たまゆらか。
ワタシもいつかスケッチブックに描いてみるのもいいのかもしれない。
写すのと描くのでは全然違う気もするけれど、
いつか優しい気持ちに溢れる事があれば、その時には描いてみたいと思う。 <> にゃんこ<>saga<>2011/12/29(木) 19:43:49.64 ID:BSON+2tX0<>

二週間休んでるうちに『たまゆら』終わっちゃいました。
旬は過ぎてしまいましたが、どうにか完結させたいと思います。 <> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage<>2011/12/29(木) 21:41:51.51 ID:mG+lQiSLo<> 放映が終わったくらいで旬は過ぎないさ
つーかそれならスケブなんてどうなるw
がんばれー <> にゃんこ<>saga<>2012/01/06(金) 17:57:40.15 ID:nS32gXqE0<>




ちょっとだけ長い階段を皆で下りる。
西方寺、善明閣をある程度見学し終わったワタシ達は、次の目的地に向かっていた。
まだ完全に見学し終わったわけではないけど、今日の所はここまでらしい。
焦る必要は無いわよ、と春日野先生は言っていた。
三泊四日の合宿なのだ。
もう何度かはスケッチに来る事もあるのだろう。

ワタシはとりあえず、今日のスケッチは合宿所の中で少しだけ進めておこうと思う。
自分の事だけど、それなりに上手く描けたはずだ。
隣に三次さんが居てくれる事で、恥ずかしくはあったけど、筆が結構進んだ。
旅先の高揚感というやつだろうか。
旅は人を積極的にさせるという話を聞いた事はあるが、本当にそうなのかもしれない。
何だか自分が笑顔になるのを感じながら、
自分のスケッチブックを開き、西方寺で描いたスケッチのページに目を落とす。
うん、中々の出来だ。

……あれ?
スケッチブックを見渡しながら、ワタシはある違和感に気付く。
何かが足りないのだ。
何かはすぐには分からなかったが、足りない気だけはしている。
ワタシは首を捻る。
西方寺、美術部の全員、三次さん、沢渡さん、堂郷先生、
ついでに其処には居なかったほぼろの店主さんの姿まで描いているはずだ。
なのに、どうして何かが足りない気がしてしまうのだろう。

その瞬間。
不意にワタシの視界の隅を、少し癖のある髪型をした人が通り過ぎた。
あっ、と思った。
そうだった。すっかり忘れてしまっていた。
塚……、じゃない。
ワタシはスケッチブックにオオバ先輩の姿を描き忘れてしまっていたのだ。
美術部全員の姿を描いたつもりだったのに、これはオオバ先輩に失礼な事をしてしまった。
ワタシは心の中でオオバ先輩に謝りながら、
西方寺でオオバ先輩が何をしていたのか必死に思い出そうとしてみる。

……さっぱり思い出せない。
そもそも見掛けた記憶すら無い。
オオバ先輩に申し訳ないと思うけれど、本当に全然印象に残っていないのだ。
でも、流石はオオバ先輩だ、と思わなくもない。
幽霊部員だからというわけじゃなく、
出席していても幽霊みたいな扱いをされているオオバ先輩なのだ。
ある意味、すごい個性だと思う。 <> にゃんこ<>saga<>2012/01/06(金) 17:59:00.20 ID:nS32gXqE0<> でも、こうなると仕方が無い。
オオバ先輩には申し訳ないが、
このスケッチの中ではけんだまをしておいてもらう事にしよう。
別に特に誰かに見せる予定のあるスケッチでもないし、
見せる当てを強いて考えれば、青とみなもちゃんくらいだろうか。
この話をすれば、みなもちゃんなら逆に喜んでくれるかもしれない。

うんうん、と頷きながら階段を下り終えると、
唐突にふわりとした気持ちの良い香りがワタシの鼻に届いた。
ラベンダー……だろうか?
香料には詳しくないが、ワタシでもラベンダーくらいは分かる。
ワタシはスケッチブックを閉じて、香りの発生場所を探してみる。
発生場所はすぐに見つかった。
階段から少し離れたほぼろの入口で、三人の女の子が立っていたのだ。
ワタシはその三人の女の子に見覚えがあった。

「あれっ? どうしたの、かおちゃん?」

三人の女の子を見つけた沢渡さんが嬉しそうに駆け寄っていく。
後から一緒に下りて来ていた香ちゃんも駆けていった。

「のりえちゃんに、麻音ちゃんも一緒にどうしたの?」

ポニーテールの女の子に声を掛けた後で、
沢渡さんは両側縛りの女の子、おかっぱの女の子の順に呼び掛けた。
なるほど。
ポニーテールの女の子がかおちゃん。
両側縛りの女の子がのりえちゃん。
おかっぱの女の子が麻音ちゃんって名前なのか。
三人とも沢渡さんのアルバムの写真に写っていた女の子達だ。
沢渡さんの友達なのだろうが、
沢渡さんの様子を見る限りはほぼろで待ち合わせをしていたわけでもない様だ。 <> にゃんこ<>saga<>2012/01/06(金) 17:59:28.96 ID:nS32gXqE0<> 「堂郷先生、いつの間にかおちゃん……、塙さん達を呼んでたんですか?」

沢渡さんが振り返り、
ワタシ達の後ろから階段を下りて来ている堂郷先生に訊ねる。
それに堂郷先生が応じるより先に、かおちゃんが笑って沢渡さんの頭を撫でた。

「違うよ、ぽって。
今日は三人でぶらついてたんだけどさ、
ぽってがこの辺では見ない高校生を大勢引き連れてほぼろに入ったって聞いてね。
どういう事なんだろうって、ほぼろを訪ねてみた次第なのだよ」

見知らぬ高校生とは、勿論ワタシ達の事だろう。
自分で言うのも何だけど、かおちゃんが疑問に思うのももっともだ。
友達がこの辺で見ない高校生を大勢引き連れているなんて聞いたら、
ワタシだってどういう事情なのかすごく気になると思う。
あ、でも、ケイトならあんまり気にならないかもしれない。
ケイトなら何をしてても不思議に思う事は無さそうだ。

「そうなんだ。確かにそれは気になっちゃうよね。
でも、心配しないで、かおちゃん。
別に変な事をしてたわけじゃないので」

かおちゃんに頭を撫でられながら、沢渡さんが眩しい笑顔で微笑む。
姉妹みたいな感じだけど、沢渡さんの話し方を見る限り、二人は同級生なのだろう。
二人の笑顔からは長く築かれた信頼関係みたいなものが感じられた。
沢渡さんがワタシ達の方に向き直り、口を開く。

「この三人はですね、私の友達の……」

「ほわーっ! 香たーんっ!」

その沢渡さんの言葉は、奇声に近い叫び声に掻き消された。
叫んだのはのりえちゃんと呼ばれた両側結びの女の子だった。
香たん……?
ワタシがそう思うが早いか、
気が付けばのりえちゃんは香ちゃんに抱き着いて頭を激しく撫でていた。 <> にゃんこ<>saga<>2012/01/06(金) 18:00:26.30 ID:nS32gXqE0<> 「今日も会えるなんてのりえちゃんのテンションは最初からスーパークライマックスです!
いやー、もー、いつもいつも可愛らしい香ちゃんを見てるとのりえちゃんのドキはムネムネで、
張り裂けそうなほどに鼓動が止まりませんけど、それが嫌じゃないのです!
恋? ひょっとしてこれが恋? 恋は下心、愛は真心ってか、オイ!
邪悪な大腿筋の間が熱く熱く燃え盛り燃え滾る次第ですよ、これが!
さあさあ、のりえちゃんの家にお嫁に来ませんか?
のりえちゃん、お婿に行く準備はいつでもオッケーですよ!
逆? あ、逆だ。ま、そんな事はのりえちゃんと香たんの想いの間には些細な問題だ!
何だったら、弟でも妹でも可。とにかくのりえちゃんの家でスイーツな生活を!
役に立たないお兄ちゃんなんか追い出して、香ちゃんの生活スペースを確保しておきますよー!」

何が起こってるんだろう……。
ワタシの頭がそれを理解するより先に、今度は美術部側から謎の奇声が飛び出した。
奇声を出したのはヒムロ先輩だった。

「ひぎぃいああへぐびゃああ。
みょにょんあぁめひゃひゃひゃ。
でびぶひはあんゐをゑぴ」

「出たー! 風ちゃんの必殺技、奇声ラッシュ!!」

歓声を上げたのはタナベ先輩だ。
よく分からないけれど、多分ヒムロ先輩はのりえちゃんの奇声に対抗したかったのだろう。
竹原勢、美術部勢、共に時が止まる。
そんな中、動けるのは同じタイプの人種の人達だけだった。
涼風コンビとのりえちゃんの視線が合い、火花を散らす。
長い長い視線の交錯。
不意に二人が口元を緩めた。

「やりますね、ツインテールの人よ」

珍しく、ヒムロ先輩が嬉しそうな表情を浮かべて呟く。

「あんたもこののりえちゃんに対抗出来るなんてただものじゃないわね……」

のりえちゃんが香ちゃんから身体を離し、ゆっくりと足を進めた。
手を伸ばせば届く距離までヒムロ先輩に近付く。
そして、二人は固く握手を交わし、
タナベ先輩が健闘を讃える様に二人の肩を強く抱いた。
こうして遠い土地に住む者達の固い友情が結ばれたのだった。
……何だ、これ。 <> にゃんこ<>saga<>2012/01/06(金) 18:02:03.51 ID:nS32gXqE0<>

今回はここまでです。
応援、ありがとうございます。
合宿日程が遂に明らかになりました。
三泊四日……、まだまだ続きそうです。 <> にゃんこ<>saga<>2012/01/17(火) 18:32:29.42 ID:mvyE/vRa0<>




道端に大勢で陣取っているわけにもいかないという事で、
ワタシ達は合宿場所まで歩きながら自己紹介をする事になった。
ワタシ達の前を歩きながら、かおちゃん達が後ろ歩きで器用に進む。
流石は地元の人といった所だろうか。
沢渡さんはたまに転びそうになっていたが、
隣に歩く三次さんがその度に支えてあげていた。
しかし、本当に上手に後ろ歩きをするものだなあ、とワタシは感心せずにはいられない。
こう言うのも変な話だが、ワタシは後ろ歩きに自信が無い。
この前、前進の道路標識(らしい。ワタシには上に行けと指示しいるようにしか見えないが)を見ながら、
後ろ歩きをしていると、豪快に道路に転んでしまった。
あれは痛かった……。

転んだ時の痛さを思い出して、
そうやって顔をしかめていると、不意に柔らかい口笛の音が竹原の町に響いた。
甲高いのに耳に心地良い音色。
ワタシも含め、皆が音色の響いた方向に顔を向ける。
その場所では、少し頬を赤らめた麻音ちゃんが唇を尖らせていた。
意外な組み合わせだけど、麻音ちゃんが口笛を吹いたらしい。

「ど……、どうしたんだよ?」

ワタシと同じく意外な組み合わせに驚いたのか、
ネギシ先輩がちょっと動揺した様子で麻音ちゃんに訊ねる。
急に男の人に声を掛けられた事が恥ずかしかったのだろう。
麻音ちゃんは更に顔を真っ赤にして、か細い音の口笛をまた吹いた。

「あらあら、女泣かせね、根岸ちゃん」

「何でだよ!
大体、何故女子は俺を恐がるんだよ!」

クガ先輩が思わせぶりにネギシ先輩をからかい、
ネギシ先輩がまた両手を上げて大きな声を出した。
その様子に沢渡さんと麻音ちゃんはまた怯えたみたいだった。
正直、ネギシ先輩が叫ぶ事に慣れてきたワタシでも、
ネギシ先輩の大声はまだちょっと恐い。
ただ、ネギシ先輩が悪い人ではない事もワタシは知っている。
元気だし、自分でも面倒臭い性格をしていると思うワタシの話にも付き合ってくれる。
ネギシ先輩はちょっとせっかちなだけなのだ。
それが分かっているからこそ、
みなもちゃんやクガ先輩も安心してネギシ先輩をからかっているのだろう。
からかわれるネギシ先輩は堪ったものではないかもしれないが。 <> にゃんこ<>saga<>2012/01/17(火) 18:32:55.83 ID:mvyE/vRa0<> 何となく思い出して、ワタシは沢渡さんに視線を向けてみる。
沢渡さんは大声を出したネギシ先輩より、クガ先輩に多く視線を向けていた。
沢渡さん達がワタシ達の合宿に付き合ってくれるそもそものきっかけは、
沢渡さんより背の低い年上の人のクガ先輩に興味を引かれたからだ。
やっぱりクガ先輩が気になるし、何かを話してみたいと思っているのだろう。
でも、何を話していいのかを困ってもいるみたいだった。
それはそうだろう。
背の低さに興味を引かれたからにしても、
その人自身に「背が低いですね」なんて失礼な発言でしかない。

だから、何を話し掛けようかずっと悩んでいるのだと思う。
沢渡さんに助言したい気持ちはあったけれど、
残念ながらワタシもクガ先輩にどんな感じに話を切り出せばいいのかは分からない。
思い出してみれば、ワタシと会話をする時に話を切り出してくれるのはいつもクガ先輩だ。
もしかしたらだけど、まだよくは分からないけれど、
先輩の中で一番ワタシを気に掛けてくれているのは、ひょっとするとクガ先輩なのかもしれない。

音色。
少しだけ力強さを取り戻した口笛の音がまた響く。
そういえば麻音ちゃんが口笛を吹いた理由がまだ分かってなかった。
ワタシが視線を戻すと、麻音ちゃんは照れながらはにかんでいた。
胸の音が響くのを感じながらも、頑張って勇気を出しているみたいに見えた。
一瞬の沈黙。
皆の視線が麻音ちゃんに集まる。
そんなに視線が集まるなんて、ワタシなら耐えられないかもしれない。
だけど、麻音ちゃんは途切れ途切れながらも言葉を出していた。

「あの……、はじめまして。
私、桜田麻音と言います。竹原に住んでます。
さっき堂郷先生に聞いたんですけど……、
皆さん、福岡から美術部の合宿にいらっしゃったんですよね?
竹原はとってもいい町なんで、きっと気に入ってもらえると思います。
でも……、大崎下島もいい所なので、
出来れば皆さんもいつか来て頂けると……、嬉しいです……」

大崎下島?
何処なんだろうか?
皆もそう思ったんだろう。
一斉に皆の視線がクリハラ先輩の方に集まった。
少し困った顔をして、クリハラ先輩が説明を始めてくれる。 <> にゃんこ<>saga<>2012/01/17(火) 18:34:30.96 ID:mvyE/vRa0<> 「瀬戸内海に在る島の一つだったはずだよ。
……うん、確かそうだったはず。
え? どしたの、皆。そのガッカリした顔。
いやいや、私ももうそれ以上の事は知らないんだって。
事典じゃないんだから、島の名前を覚えてただけで勘弁してよ……」

話の最後の方では肩を落としていた。
そんなクリハラ先輩の肩に、佐々木先輩が手を置いて慰めるみたいにする。
そうか……。
クリハラ先輩は事典ではなかったのか……。
当たり前の事なのに、何故かワタシはその当たり前に自分が驚いているのが分かった。
クリハラ先輩は物知りで、本当に色んな事を知っている。
知らない事なんて無いみたいに見えるけれど、やっぱり知らない事もあるのだ。
もしかしたら、こんなクリハラ先輩の一面も合宿に来なければ見る事がなかったのかもしれない。
これが異文化に接した時のクリハラ先輩の姿なのだ。
これこそ異文化コミュニケーションというやつなのかもしれない。
……いや、違うか?

「大崎下島ってのは、ざっくり言って麻音たんの実家のある島の事なのでありますよ!
いい所ですよー! ざっくり言っていい所なのですよー!
こののりえちゃんも何度か訪れた事がありますが、非常に心の落ち着く素敵な島でした!
絵画を嗜む人なら一見の価値、いや、百見の価値があると言っても過言ではありません!
福岡の皆さんもこの合宿の日程に無理矢理捻じ込んで、一度訪れてみてはいかがでしょうかっ?
……あ、申し遅れました。
ワタクシ、ぽってたんの同級生の岡崎のりえちゃんと申しますので、どうぞよろしく」

クリハラ先輩が肩を落とすという、
福岡ではあんまり無かった暗い雰囲気を吹き飛ばすみたいな明るい声が急に上がった。
両側縛りの髪型を震わせ、のりえちゃん……岡崎さんが元気いっぱいに喋る、また喋る。
その喋りだけじゃなく、動きや仕種もとても元気いっぱいだ。
雰囲気としてはケイトに近いかもしれない、と何となく思う。
出会ったばかりだし、まだ話した事はないみたいだけど、
もしもケイトと岡崎さんが話したら、それはそれは騒がしくて明るい会話になるだろう。

岡崎さんの言葉は落ち込んでいたクリハラ先輩を元気にしたみたいだった。
軽くとだけどクリハラ先輩の表情に笑顔が戻っていた。
同時に麻音ちゃん……桜田さんの心にも新しい勇気を与えたみたいだ。
大人しそうな桜田さんが眩しい笑顔を浮かべ、言葉を続ける。 <> にゃんこ<>saga<>2012/01/17(火) 18:35:04.29 ID:mvyE/vRa0<> 「ありがとう、のりえちゃん。
……皆さん、のりえちゃんの言ってくれた通り、
大崎下島は私の生まれた島で、とってもいい所なんです。
地元の宣伝をするみたいで申し訳ないですけど、
この合宿中でなくても是非とも一度来てみて下さい。
その時には力不足かもしれませんけど、私が皆さんをご案内します!」

言葉を終えると、また桜田さんが口笛を吹いた。
これまで吹いていた音とはまた違う、明るい音色の口笛。
そうか、とワタシは思った。
口笛は自分を表現するのが苦手な桜田さんの自己表現の一つなのだ。
ワタシが自分の考えや想いを絵に込めるみたいに、
沢渡さんが写真で自分を表現するみたいに、
桜田さんは自分の気持ちを口笛に込めているのだろう。

「大崎下島ねえ……。
そんなに素敵な所なら行ってみるのもいいかもしれないわね」

不意に春日野先生が頷きながら呟いた。
おお、流石は春日野先生だ。

「スケジュールの方は大丈夫なんですか、先生?」

部長さんが不安そうに春日野先生に訊ねる。
春日野先生のお目付役みたいな立ち位置の部長さんだ。
春日野先生の行動は何でもチェックしておかなければいけないと思ってくれているのだろう。
確かに部長さんの言う通りでもある。
無理にスケジュールを変えると痛い目に遭う事はよくある。
ワタシもミケに会う予定を直前で変えて山に行った時、蜂の群れに襲われてしまった事がある。
予定を変えるというのは大変な事なのだ。
しかし、春日野先生は不敵に笑って、「大丈夫よ」と言った。

「元から行きと帰りの時間しか考えてなかったのよね。
後は適当にあんた達に竹原を回ってもらおうと思ってたから丁度いいわ。
桜田さん……だっけ?
ありがとね、おかげで一日空白だったスケジュールが埋まったわ」

……何となくそんな気はしていたけれど、やっぱりそうだったのか。
流石は春日野先生だ。
それでいいのだろうか、美術部顧問。 <> にゃんこ<>saga<>2012/01/17(火) 18:35:37.99 ID:mvyE/vRa0<>

今回はここまでです。
新刊が出たので、筆が進んで助かります。 <>