VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 01:17:02.17 ID:7L728IKn0<>
【7月19日/高校二年生】
<>唯「さわちゃんと過ごした日々」
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 01:18:34.61 ID:7L728IKn0<> 好きになっちゃいけない人っているのかな。
そもそも恋愛って一体何なのか、私にはまだよくわからない。
だけど今、頭の片隅にはある人がちゃんと浮かんでいる。
私の身体のずっとずっと奥深くでは、ちゃんと理解しているのかもしれない。
ただ、私がいうその恋愛は、周囲は決して理解してくれないと思う。
「……ん?どした唯」
「……あ、ううん。何でもないよ」
「で、唯はどう思う?やっぱ先生と生徒なんて御法度だよな」
悩みなんていう言葉から掛け離れていたはずの私が今持っている唯一の悩み。
「う……うん、そうだよ。駄目…だよね」
これも全部、恋とか愛とかいうよくわからない感情のせいだ。
よくわからない感情のくせに、いつも私を本能的に動かそうとする。
ほら、今だってそう。
「お―い唯、どこ行くんだよ。お前の家そっちじゃないだろ」
「あ、あのね。ちょっと憂に買い物頼まれてるんだ」
不意に会いたくなった。
どうしてなんて聞かれてもわからない。
だけど、どうしてその人に会う必要があるのかって聞かれたら、きっとうろたえてしまう。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 01:20:25.32 ID:7L728IKn0<> 「みんなごめんね。また明日」
「おいおい、明日も学校に行く気なのか?」
澪ちゃんが呆れたように言う。
「明日からは夏休みですよ」
そして、あずにゃんの言葉で思い出した。
夏休み。
こんな大それたイベントさえも忘れていた私は、よっぽど頭の中が他のことでいっぱいだったんだ。
「じゃあ、また集まる日とかあったら連絡するからな」
「うん、わかった」
みんなと別れたあと、夕焼けに染まる道を逃げるように一人歩いた。
どうしてこんなに悔しいんだろう。
苦しい時もある。
幸せって感じるときよりもずっとずっと多く。
恋愛ってもっと、きらきらしたものだと思ってたのに。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 01:22:23.96 ID:7L728IKn0<> ********************
みんなとの他愛ない会話がいつまでも私の胸に引っ掛かってとれないでいた。
その不安を埋めるように傍らの白い肌に頬をくっつける。
温かい、人肌の温もりが伝わってきた。
「もう……甘えんぼね」
私よりずっとずっと余裕のある大人の声が返ってきて、少し安心する。
すごく心地いい。
お母さんに抱かれてる赤ちゃんってこんな感じなのかな。
私もそんなときがあったんだと思うけど、そんな昔のことは覚えているはずもなくて。
子ども扱いしないでほしい、なんて言ってた時期もあったけど、やっぱり私はいつまでも誰かに甘えていたいみたいだ。
「ねえ、さわちゃん」
さわちゃんは休みの日とか、放課後とか、学校から離れると「先生」と呼ばれるのを嫌がる。
どうしてって聞くと、どうしてもと言われた。
よくわからないけど、私も「さわちゃん」って呼び方が好きだからそう呼ぶことにしている。
「なあに?」
「……先生と生徒って恋愛しちゃだめなの?」
顔を上げると、目が合った。
さわちゃんは少し驚いたような表情を浮かべていたけれど、すぐに目を細めて微笑んだ。
綺麗だなあ、なんて見惚れていると薄い唇が動く。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 01:24:23.18 ID:7L728IKn0<> 「駄目よ」
「えっ……」
「だって……先生っていう職業は生徒を平等に見なきゃいけないのよ?」
少しの期待を込めて、いや、結構大きな期待を込めて頑張って聞いたのに。
さわちゃんの馬鹿。
じゃあどうして私と一緒にいるの。
返ってきた答えに泣きそうになっていると、ぎゅっと抱き締められた。
「だけど、好きになっちゃったものは仕方ないじゃない」
くすくすという笑い声が頭の上で聞こえる。
さわちゃんらしい、いかにもな返答に笑って小さく頷いて、そっと目を閉じた。
さっきまであったはずの不安は、そのたった一言でどこかに消えてしまった。
「どうせまたりっちゃん達とくだらない話してたんでしょー。それこそ、禁断の愛!みたいな」
すごい、お見通しだ。
こういうとき、やっぱり先生なんだなあって思う。
ちゃんと見てくれてるんだ、って。
「でも、私もそう思うときあるよ。こんなことしていいのかなあって」
「んー、まあ正論ね。正直、私もそう思うわ」
「じゃあ……どうして?」
「さあ……どうしてかしら?」
「ええー、ひどいよぉ」
「ふふふ、嘘よ」
好きだからに決まってるじゃない――真剣な声でそう囁かれ、私の唇に温もりが宿った。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 01:27:37.84 ID:7L728IKn0<> やっぱり幸せだ。
好きな人と一緒にいるのに、恋とか愛とか変に理解しようとしなくていいんだよね。
「さわちゃん……」
名前を呼ぶだけなのに、早くなる呼吸と鼓動。
名前なんていつも呼んでる。
学校でも、さわちゃん、さわちゃんって。
さわちゃんは止めなさいって言ってたけど、私もりっちゃんもずっとそうやって呼んでるから気にしていない。
だけど、二人きりの時だとやけに感情が昂ぶってしまうのはどうしてなんだろう。
特に、こういうことをしている最中は。
「ねえさわちゃん……明日からお休みだからいいよね」
「……やっぱり若い子ってタフなのかしら」
「さわちゃんもまだ若いよ」
「まだ、って何よ。まだ、って」
二人してくすくすと笑いながらもう一度ぎゅっと抱き締め合った。
たぶん、こういうのを幸せっていうんだと思う。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 01:28:45.83 ID:7L728IKno<>
【7月20日】
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 01:30:19.35 ID:7L728IKno<> ぼうっとした頭で天井を見上げてから、ここが自分の部屋じゃないんだってことを実感する。
纏わりつくような暑さに眉を顰めながら、ああもう夏なんだっけとかどうでもいいようなことを考えた。
まあ、それは季節のせいだけじゃないんだけど。
「……ちょっとさわちゃん、暑いよぉ」
「いいじゃなーい。せっかくの休日なんだから。昨日はあんなに甘えてたくせにー」
「もう……さわちゃんの馬鹿」
眼鏡を外しているさわちゃんはいつもよりもずっとずっと大人っぽくて、とっても綺麗だ。
私はどちらかというと眼鏡がないほうが好きだな。
「コンタクトにしたら?」
「えー、どうして?」
この眼鏡結構気に入ってるんだけど、そう言いながらさわちゃんは枕元に手を伸ばす。
その時、真っ白い背中が目に入って、同時に自分の恰好を確認する。
何にも身に着けていないことにやっぱりびっくりするし、何しろ――昨夜のことを思い出してしまう。
いつまで経ってもこの感覚には慣れそうもない。
恥ずかしさと罪悪感が入り混じったような、よくわからない感覚。
――行為をしている最中は、そんなこと全く思わないんだけど。
それに昨日は自分でもよくわからないくらいに動揺して、不安に押し潰されそうだった。
その不安を埋めるために行為に及んだのかどうかはわからない。
不安を埋めるためだけにここに来たっていうのは、さわちゃんに対して失礼だ。
だけど、さわちゃんに会いたくなったのは本当。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 01:31:40.26 ID:7L728IKno<> 「ねえさわちゃん、お腹空いた」
「まったくもう、仕方ないわね。でもその前にシャワー浴びてきなさい」
確かに私の身体は何だかべたついている。
それがどうしてなのかなんてわかっているけれど、とりあえず暑かったからということにしておこう。
汗のせいで額にへばりついている前髪を掻き上げて、散乱している服や下着を掻き集めて脱衣所に向かう。
「あーちょっと唯ちゃん」
「んー?」
「昨日……憂ちゃんには連絡した?」
さあっと血の気が引いていく。
慌てて携帯を確認すると、憂からの着信やメールがたくさん残っていて、軽音部のみんなからも連絡があった。
昨日の私は、何にも見えていない。
「恋は盲目……だねえ」
「……そういうことなのかしら」
軽音部のみんな、それにいつも私を支えてくれている憂や和ちゃん。みんなのことは大好きだ。
大好きだけど、一つだけ隠していることがある。
さわちゃんと付き合っている――そのことだけはずっと言ってない。
『返事が遅くなってごめん。ちょっとギターの練習がしたくて、さわちゃんのところに泊ってたんだ』
本当と嘘。
その両方が混じった私のメール。
その文は間違いなく、私が打ったものだ。
部屋の片隅に立て掛けられたギターケースに視線を移す。
昨日の放課後からギー太には触っていない。
真っ黒なケースを身に纏ったギー太と今打っているメールの文面を見比べてから、送信ボタンを押した。
こうやって嘘が上手くなっていくのは、大人になっていく証なのかな。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 01:32:50.53 ID:7L728IKno<> ********************
つい最近買った化粧ポーチ。
チャックを開けると、中にはマスカラ、アイライナー、アイシャドー……だけど、どれも封を切っていないものばかり。
お化粧なんて大人になってからするものだって思ってたけど、さわちゃんと一緒にいるようになってもう一年。
一緒に歩いていても、生徒だって、子供だって思われるのは嫌だ。
ちょっとでもいいから、近づきたい。
「あら、おめかし?」
からかうような口調に顔を上げるとお風呂から上がったさわちゃんがにこにこと私を見下ろしていた。
水分を含んだ栗色の髪を後ろで一つに束ねていて、何だか新鮮。
でもそれより早く着替えてきて欲しい。どうしてバスタオル一枚で出てくるんだろう。
目のやり場に困って俯いたけれど、自分の頬が徐々に染まっていくのがわかった。
さわちゃんはそんな私に気付いているのかいないのか、隣に腰を下ろす。
ふわり、とシャンプーの香りが私の鼻をくすぐった。
いい匂いだな、なんて思ったけど、そういえばさっき自分が使ったシャンプーも同じものだ。
こういうところで、何だか嬉しくなる。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 01:34:05.83 ID:7L728IKno<> 改めてポーチの中身を漁っていると、小さな不安に襲われた。
何しろ私は今までお化粧なんてしたことがない。
平日は学校に行くからその必要もなくて、休日はごろごろしてて、それに――お洒落した姿を見せたい相手が居なかったから。
初めて手に取る化粧品の数々に戸惑っていると、すっと伸びてくる手。
「やってあげるわ」
「え?」
「お化粧するの、初めてなんでしょ?」
さわちゃんは新品のアイシャドーを手に取った。
「……変なメイクしないでよ」
「大丈夫。とびきり可愛くしてあげるから」
「あ、ファンデーション買ってない」
「いらないわよ、肌綺麗だし。あーもう、羨ましいわね」
さわちゃんは私の頬を両手で挟んで笑った。
そして「目を閉じて」と言われて緊張しながら瞼を閉じる。
真っ暗な視界。
今、さわちゃんがどこにいるのか、何をしているのかわからない。
わかるのは、その気配だけだ。
さわちゃんの指が瞼に触れていく。
それからすぐに、顔の周りの温度が少し上がったような気がした。
多分、今、目を開ければ、すっごく近いところにさわちゃんの顔がある。
「……っ、」
さわちゃんの指の温度が伝わってくる。
集中しようと思ってぎゅっと目を瞑ってみたけれど、一度考えてしまった他のことがぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 01:35:35.43 ID:7L728IKno<> 「……唯ちゃん?」
「な、なに」
「すっごく顔赤いわよ。大丈夫?」
そんなこと……言われなくてもわかってるよ。
「……さわちゃんのせいだもん」
「え?私?」
「そう!……顔……近いから……」
ゆっくりと目を開けるときょとんとした表情のさわちゃんと目が合った。
するとさわちゃんは急にくすくすと笑い出す。
「何にもしないわよー」
「そ、そういうことじゃなくて!」
「はいはい、わかったから。はーい、目閉じて」
いかにも不服、という感じで頬を膨らませてもう一度目を閉じた。
それからしばらく、私の瞼には色んなものが重ねられていった。
そして睫毛を専用の機械――ビューラーだったっけ、で持ち上げられたのがわかり、最後に何かのケースを閉じる音がした。
「こんな感じでどう?」
ゆっくりと目を開ける。
さわちゃんがいつも使っている化粧台まで歩いて、自分の顔を映す。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 01:37:43.32 ID:7L728IKno<>
「おぉ……」
鏡に映る自分は、何だか自分じゃないような気がして瞬きを数回繰り返した。
鏡とにらめっこしていると、さわちゃんが隣でくすくすと笑っていた。
「……へ、変かなあ」
不安になって縋るように尋ねれば、さわちゃんは笑いながら首を横に振る。
「すっごく可愛いわよ」
「じゃ……、じゃあ何で笑ってるの」
「本当に初めてお化粧したんだなーって思って」
私も出掛ける準備してくるわね、そう言って化粧台の前に座るさわちゃんの背中を見ながら、自分の頬が熱くなっていることに気が付いた。
さわちゃんはやっぱり私よりずっと大人だ。
一つ一つの言葉にも、仕草にも、余裕があるってわかる。
「さわちゃん」
「なあに?」
「私、さわちゃんに釣り合うように頑張るから」
鏡越しに目が合った。
さわちゃんは私を見てにっこりと笑う。
「じゃあ私も唯ちゃんに釣り合うように頑張らないとね」
そう言って慣れた手つきでファンデーションを頬にのせるさわちゃんに後ろからぎゅっと抱き着いた。
「さわちゃんって優しいね」
「あら、今更?」
「ううん。ずっと思ってたけど……そういうところ大好きだよ」
「そう……」
ありがとう、さわちゃんはそう言って抱き着いている私の腕をそっと撫でてくれた。
もう一度、鏡を見る。
ちょっとだけ年の差が埋まったかな、なんて思えて満足だった。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 01:40:12.03 ID:7L728IKno<> ********************
助手席の窓ごしに見慣れた街並みを眺めながら、手持ち無沙汰な右手をそっと隣の手のひらに重ねてみる。
さわちゃんと休日に出掛けるのはこれが初めてなわけじゃない。
だけど、一応先生と生徒なわけだからなるべく人目の多い場所に行くのは控えるようにしている。
あと、もしも他の人に見つかったときのことを考えて言い訳とかはそれなりに考えている。
まあ、さわちゃんは軽音部の顧問だから言い訳なんて作ろうと思えばいくらでも簡単に作れてしまうんだけど。
問題なのは私の演技力だ。
「ちょっと、唯ちゃん?」
「だって、外では手繋げないもん」
さわちゃんの左手をぎゅっと握りしめる。
さわちゃんと手を繋げるのは、こうやって車が赤信号で止まっているときだけだ。
「腕組んじゃ駄目かな」
「同じくらい目立つんじゃない?」
「そっかぁ」
残念だけど、色んな弊害があることは承知の上でさわちゃんと一緒にいることを選んだんだから我慢は必要だ。
ぷぅと頬を膨らませて俯いた私の指にさわちゃんの指がしっかりと絡まる。
驚いて隣を見た。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 01:42:47.12 ID:7L728IKno<>
「さわちゃん?」
「ごめんね……、普通のことできなくて」
さわちゃんの横顔は少し寂しそうだった。
私はさわちゃんの指をぎゅっと握り返した。
「一緒にいられるだけで充分だよ」
信号が青に変わる。
絡めていた指先をほどこうとすると、さわちゃんは小さく首を横に振った。
「次の信号までね」
ぎゅっと強く、離れないように握り締めてくれた指先。
「……うん!」
すごく短い距離だったけど、それでも何だか嬉しかった。
********************
ショッピングをしたり、街を歩いてみたりしているとすぐお昼になった。
「何が食べたい?」と聞かれて「アイス」と答えれば当然の如く却下されてしまったけれど。
色々と悩んだ結果、どこにでもあるような普通のファミレスに入った。
席に通されてメニューを見ていると、さわちゃんの視線を感じて顔を上げた。
「どうしたの?」
「いやー、こう見ると誰だかわからないわね」
「え、お化粧してるから?」
「そうそう。多分、誰に会っても気付かれないと思うわよ」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 01:45:10.08 ID:7L728IKno<>
その言葉で急に不安になって周りを見渡してみる。
ファミレスというだけあって、やっぱり家族連れが多い。
それに、夏休みだからか学生の姿もちらほら見受けられる。
いくら隣町だからって、ここに知り合いがいないという保証はない。
「だ、誰も居ないよね?」
「大丈夫よ。やましいことなんて何にもないじゃない」
さらりと言ってのけるさわちゃんに少し安心して、再びメニューに目を通した。
いつでも人目が気になる私とは対照的にさわちゃんはいつも堂々としている。
この違いはなんだろう。
もしかすると、私だけが『やましいことをしている』って思ってるのかもしれない。
堂々とできないのは後ろめたさがあるからだ。
ふと、隣の席を見る。
大人の男の人と女の人がにこにこと笑い合っている。
カップル、だと思う。
視線を元に戻す。
メニューに目を通しているさわちゃんを見ながら、一体私たちは周囲の人の目にどんな風に映っているんだろうと思った。
人前でキスでもしない限り、私たちの関係に気付く人はいない。
私たちにとってそれは都合がいいことだ。
だけど、
――じゃあ私たちの関係って一体何?
せっかくの休日なのに、気分が晴れることはなかった。
一年前はこんなこと思わなかったのにな。
二人で昼食をとった後、車に戻った。
アイスを食べる気分にはとてもじゃないけどなれなかった。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 01:47:25.44 ID:7L728IKno<>
********************
帰り道、さわちゃんは私を直接家まで送ると言ったけど私はマンションに戻りたいと言った。
服やらCDやら色んなものを買った私たちの両手は塞がっていて、部屋の鍵を空けるのも一苦労だった。
部屋に入り、荷物を下ろして自由になった両手を私は迷うことなくさわちゃんの背中に回した。
今日、街に出てから色んな人を見た。
私の目に映ったそのほとんどが“恋人”っていう人たちだ。
私だってさわちゃんと手を繋いだり、腕を組んだりして歩きたい。
仕方ないってわかってるけど、我慢するのって想像以上に大変なことで。
だから二人きりになった途端、理性の壁が崩れてしまう。
抱き合っているだけじゃ物足りず、背伸びして口付けた。
柔らかくて温かい感触にずっと浸っていたくて目を閉じる。
まだ靴も脱いでいないのに、玄関先で何をしてるんだろう。
これじゃ、昨日の二の舞だ。
だけど、私の理性は本能に勝てない。
「唯ちゃん……、帰らなくていいの……」
うっすらと頬を染めたさわちゃんは私の頬を撫でながら言った。
「暗くなる前にはちゃんと帰る……」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 01:50:44.36 ID:7L728IKno<>
それから私は溜まっていたものをぶつけるようにしてさわちゃんを抱いた。
少し高く掠れたさわちゃんの声を聞きながら、自分の興奮も高まっていく。
深く深く唇を重ねて、一緒にいることを実感した。
恋人なんだってことをもっと感じたくて、さわちゃんをきつく抱き締める。
「さわちゃん……」
縋るように首元に顔を埋めたところで、甲高くインターホンが鳴った。
私はぱっと起き上がり、さわちゃんと視線を交わす。
聞き慣れた声がしたのだ。
『……ほら、いないだろ。やめとこうよ』
『えー、さっきの絶対唯とさわちゃんだと思ったんだけどな。ほら、ここの表札も「山中」だし』
間違いなくりっちゃんと澪ちゃんの声だった。
私はさわちゃんと息を潜めて二人の様子を窺った。
『でも唯がなんでさわ子先生のマンションに?今、夏休みだぞ』
『さあな、ギターの練習でもしてるんじゃないか?あ、電話してみればいいじゃんっ』
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 01:53:53.11 ID:7L728IKno<>
心臓がばくばくと音を立てる。
どうしよう、どうしようとうろたえているとさわちゃんは脱いでいた服をぱっとかぶって玄関に向かった。
「そのままそこにいて」
私は頷いて玄関へと歩くさわちゃんの後姿を眺めた。
私の携帯電話が鳴るのが先か、さわちゃんがドアを開けるのが先か。
もう運に任せようと思った。
電話が鳴れば、私の負けだ。
息を潜めてシーツにくるまっていると、玄関先から声が聞こえた。
『……うわっ、さわちゃん!なんだよその恰好』
『シャワー浴びようとしたらあんたたちがチャイム鳴らしたんでしょーが』
『それにしても髪の毛ぼっさぼさだな』
『昼寝してたのよー』
それからしばらくさわちゃんはりっちゃんと澪ちゃんと何やら話をしていたけど、私の携帯電話が鳴ることはなかった。
ほっとして溜め息を吐くと、玄関先の声が消えた。
おそるおそるシーツから頭を出すとさわちゃんが戻ってきた。
「ふぅ……危なかったわね」
「何て言ったの?」
「昔の教え子が遊びに来てる、って。ちょっと無理があったかしら」
くすくすと笑うさわちゃんに、私は安堵の溜め息を漏らした。
身体の力が抜けていき、握り締めていたシーツから少しずつ指を離していく。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 02:01:00.38 ID:7L728IKno<>
「ありがと、さわちゃん……」
「どういたしまして」
壁際に寄って隣にさわちゃんが来れるようにスペースを確保して、私よりも少し大きい身体に腕を回した。
二人ともさっきまでの高まりは嘘のように薄れていて、もう行為を再開しようという気分にはなれなかった。
それからしばらく他愛ない話をして、荷物をまとめてさわちゃんの車で自宅に戻った。
迎えてくれた憂がさわちゃんに丁寧にお礼を言っている間、私はぼうっとした頭で二人のやりとりを眺めていた。
憂は何にも知らない。
私のことなら何でも知っているはずの憂でも、一つだけ知らないことがある。
「じゃあね、唯ちゃん。練習頑張るのよ」
手渡されたギターケース。
ギー太の存在なんて、今日一日すっかり忘れていたような気がする。
「またね、さわちゃん」
私は生徒の顔に戻り、さわちゃんは教師の顔に戻っていた。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 02:03:24.52 ID:7L728IKno<>
さわちゃんの車を見送ってから家に入ろうとした時、憂が呟いた。
「いつも思うけど良い先生だよね」
「さわちゃん?」
「うん。あんな先生に担任持ってもらいたいなぁ」
真っ直ぐな瞳で羨ましげに話す憂を見た途端に罪悪感が湧いてきた。
憂は何にも知らない。
私とさわちゃんが昨日、何をしていたのかも、
今日一日、二人で出掛けていたことも、全部。
――――私とさわちゃんしか知らない。
私たちがしていることは正しいことなのかな。
胸を張って言える関係なのかな。
答えなんて自分が一番よくわかっている。
わかっているけれど、止められないんだ。
「いい先生だよ、とっても」
憂より先にドアノブに手を掛け、震えている唇を見られないようにした。
そう、私にとっては本当にいい先生だ。
大丈夫、嘘は吐いていない。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 02:05:35.56 ID:7L728IKno<>
【7月28日】
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 02:09:02.98 ID:7L728IKno<>
夏休みも一週間が過ぎた頃、りっちゃんから連絡を受けた私は待ち合わせ場所のバーガーショップに向かった。
到着すると既に席に座っていたりっちゃんと澪ちゃんが私に向かって手を振っていた。
だけどそこにムギちゃんとあずにゃんの姿はなかった。
「唯ー、久し振りー!」
「久し振り、元気だった?」
りっちゃんと澪ちゃんを交互に見て、ふと一週間前の出来事が頭を過ぎった。
だけど、あれから特に何の連絡もなかったから大丈夫だと踏んだ。
さわちゃんが上手くまいてくれたし、それに二人は私がいることに気付いていないはずだ。
「ところで、今日はどういったご用件で?」
「あー、ちょっと唯に聞きたいことがあってさ」
言いにくそうに眉を顰めたりっちゃんが澪ちゃんに目配せする。
澪ちゃんは私に振るのかといった表情で少し沈黙した後、私に向き直って言った。
「最近、唯の様子が変だなって話してたんだ」
直接的ではなかったものの、嫌な予感は見事に的中した。
「前は連絡つかないことなんてなかったのに、結構な頻度でメールも電話も返ってこないし……」
「そうそう、この間も憂ちゃんから『お姉ちゃんが家に帰ってこない』って私たちに連絡あったんだぞ。大丈夫なのか?」
ここで黙ってしまえば墓穴を掘っているようなものだ。
真剣な眼差しの二人を交互に見つめて、私はいつもの笑顔を作る。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 02:16:22.78 ID:7L728IKno<>
「何にもないよ。何かあったらみんなに相談してるよ?」
私は今までみんなの前で嘘なんて一度も吐いたことがない。
嘘なんて吐いたところで見破られていた。
だけど、二人は顔を見合わせて「唯がそういうなら仕方ないな」と言った。
「まあ唯のことだし、嘘ついてたら一発でわかるよ」
りっちゃんはそう言ってストローに口をつけて笑った。
私も一緒に笑おうとしたけれど、たぶん口元は引き攣っていただろう。
だけど、二人はそれにさえ気付かなかった。
違和感を覚えているのは私だけだった。
********************
二人と別れたあと、私は家路を急いだ。
家に着くなり洗面所に掛け込んで、鏡の前で自分の顔を確認した。
私の顔は一年前と何にも変わっていない。
変わっていない。
変わっていないはずだ。
ゆっくりと口角を上げてみる。
その笑顔も私が今まで見てきたものだ。
ただ、瞳だけは笑っていなかった。
この瞳には今まで色んなものを映してきた。
たぶん、それは楽しいことや嬉しいことばかりだったんだ。
この一年間、私はこの瞳にさわちゃんばかりを映してきた。
そして、一緒に居たいがために二人でたくさんの嘘を吐いて、時には瞳の色を変えてきた。
私が吐いた嘘、
さわちゃんが吐いた嘘、
全部、この瞳は知ってる。
「……っ、……うぅ……」
怖くなった。
この一年ですっかり嘘が上手くなった自分は、同時に色んなものを失っていた。
子供という枠組みから外れて、大人という場所に手を伸ばした私はもう完璧な子どもには戻れなくなっていた。
大人になりたいのに、なりたくないという矛盾。
嘘が上手くなりたいのに、いざ嘘が吐けるようになると途端に感じる恐怖。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 02:17:01.65 ID:7L728IKno<>
「何にもないよ。何かあったらみんなに相談してるよ?」
私は今までみんなの前で嘘なんて一度も吐いたことがない。
嘘なんて吐いたところで見破られていた。
だけど、二人は顔を見合わせて「唯がそういうなら仕方ないな」と言った。
「まあ唯のことだし、嘘ついてたら一発でわかるよ」
りっちゃんはそう言ってストローに口をつけて笑った。
私も一緒に笑おうとしたけれど、たぶん口元は引き攣っていただろう。
だけど、二人はそれにさえ気付かなかった。
違和感を覚えているのは私だけだった。
********************
二人と別れたあと、私は家路を急いだ。
家に着くなり洗面所に掛け込んで、鏡の前で自分の顔を確認した。
私の顔は一年前と何にも変わっていない。
変わっていない。
変わっていないはずだ。
ゆっくりと口角を上げてみる。
その笑顔も私が今まで見てきたものだ。
ただ、瞳だけは笑っていなかった。
この瞳には今まで色んなものを映してきた。
たぶん、それは楽しいことや嬉しいことばかりだったんだ。
この一年間、私はこの瞳にさわちゃんばかりを映してきた。
そして、一緒に居たいがために二人でたくさんの嘘を吐いて、時には瞳の色を変えてきた。
私が吐いた嘘、
さわちゃんが吐いた嘘、
全部、この瞳は知ってる。
「……っ、……うぅ……」
怖くなった。
この一年ですっかり嘘が上手くなった自分は、同時に色んなものを失っていた。
子供という枠組みから外れて、大人という場所に手を伸ばした私はもう完璧な子どもには戻れなくなっていた。
大人になりたいのに、なりたくないという矛盾。
嘘が上手くなりたいのに、いざ嘘が吐けるようになると途端に感じる恐怖。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 02:17:58.43 ID:7L728IKno<>
「何にもないよ。何かあったらみんなに相談してるよ?」
私は今までみんなの前で嘘なんて一度も吐いたことがない。
嘘なんて吐いたところで見破られていた。
だけど、二人は顔を見合わせて「唯がそういうなら仕方ないな」と言った。
「まあ唯のことだし、嘘ついてたら一発でわかるよ」
りっちゃんはそう言ってストローに口をつけて笑った。
私も一緒に笑おうとしたけれど、たぶん口元は引き攣っていただろう。
だけど、二人はそれにさえ気付かなかった。
違和感を覚えているのは私だけだった。
********************
二人と別れたあと、私は家路を急いだ。
家に着くなり洗面所に掛け込んで、鏡の前で自分の顔を確認した。
私の顔は一年前と何にも変わっていない。
変わっていない。
変わっていないはずだ。
ゆっくりと口角を上げてみる。
その笑顔も私が今まで見てきたものだ。
ただ、瞳だけは笑っていなかった。
この瞳には今まで色んなものを映してきた。
たぶん、それは楽しいことや嬉しいことばかりだったんだ。
この一年間、私はこの瞳にさわちゃんばかりを映してきた。
そして、一緒に居たいがために二人でたくさんの嘘を吐いて、時には瞳の色を変えてきた。
私が吐いた嘘、
さわちゃんが吐いた嘘、
全部、この瞳は知ってる。
「……っ、……うぅ……」
怖くなった。
この一年ですっかり嘘が上手くなった自分は、同時に色んなものを失っていた。
子供という枠組みから外れて、大人という場所に手を伸ばした私はもう完璧な子どもには戻れなくなっていた。
大人になりたいのに、なりたくないという矛盾。
嘘が上手くなりたいのに、いざ嘘が吐けるようになると途端に感じる恐怖。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 02:19:32.58 ID:7L728IKno<>
「何にもないよ。何かあったらみんなに相談してるよ?」
私は今までみんなの前で嘘なんて一度も吐いたことがない。
嘘なんて吐いたところで見破られていた。
だけど、二人は顔を見合わせて「唯がそういうなら仕方ないな」と言った。
「まあ唯のことだし、嘘ついてたら一発でわかるよ」
りっちゃんはそう言ってストローに口をつけて笑った。
私も一緒に笑おうとしたけれど、たぶん口元は引き攣っていただろう。
だけど、二人はそれにさえ気付かなかった。
違和感を覚えているのは私だけだった。
********************
二人と別れたあと、私は家路を急いだ。
家に着くなり洗面所に掛け込んで、鏡の前で自分の顔を確認した。
私の顔は一年前と何にも変わっていない。
変わっていない。
変わっていないはずだ。
ゆっくりと口角を上げてみる。
その笑顔も私が今まで見てきたものだ。
ただ、瞳だけは笑っていなかった。
この瞳には今まで色んなものを映してきた。
たぶん、それは楽しいことや嬉しいことばかりだったんだ。
この一年間、私はこの瞳にさわちゃんばかりを映してきた。
そして、一緒に居たいがために二人でたくさんの嘘を吐いて、時には瞳の色を変えてきた。
私が吐いた嘘、
さわちゃんが吐いた嘘、
全部、この瞳は知ってる。
「……っ、……うぅ……」
怖くなった。
この一年ですっかり嘘が上手くなった自分は、同時に色んなものを失っていた。
子供という枠組みから外れて、大人という場所に手を伸ばした私はもう完璧な子どもには戻れなくなっていた。
大人になりたいのに、なりたくないという矛盾。
嘘が上手くなりたいのに、いざ嘘が吐けるようになると途端に感じる恐怖。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 02:22:46.42 ID:7L728IKno<> うわー連投してるorzスマソ <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 02:26:33.75 ID:7L728IKno<>
ポケットに手を突っ込んで、震える指で携帯電話のボタンを押す。
今の私がきっと今一番会ってはいけない相手。
だけど、会いたい。
会いたくて仕方がない。
助けてほしい。
『唯ちゃん?』
一番好きな声が聞けたことに私は少し安心した。
電話口から私の嗚咽が届いたのか、さわちゃんは『何かあったの?』と慌てたように言った。
「さわちゃん……っ、私……どうすればいいのかわかんないよぉ……」
りっちゃんと澪ちゃんに嘘を吐いてしまったこと。
憂に嘘を吐き続けていること。
何より、嘘が上手くなっていく自分自身が一番怖かった。
このままじゃ、何もかも失ってしまうような気がした。
大切な家族も、大切な友達も。
何より、自分自身も。
********************
結局こうなってしまう。
ベッドの上で横たわる自分とさわちゃん。
もちろんお互い服なんて着ていない。
話をするだけなら前みたいにどこかのファミレスででも待ち合わせたらよかったのかもしれない。
だけど、この部屋に来てしまった。
そこに理由なんてない。
それにまた、憂に嘘を吐いて家を飛び出してきた。
嫌悪感に襲われて、ぼんやりとする頭を抱えるように前髪を掻き上げる。
ふうっと大きく溜め息を吐くとさわちゃんが寝返りを打って私を見た。
「唯ちゃんはどうしたいの……?」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 02:30:51.94 ID:7L728IKno<>
元々、自分の中に不安はあった。
いつか誰かにばれてしまうんじゃないかって。
だけどなるべく気にしないようにして過ごした。
学校でも、外でも、家でもずっと。
それに、さわちゃんがいつも『大丈夫』って言ってくれてたから気にする必要なんてなかった。
まるで心の中を見透かされているような質問に思わず眉を顰めてしまう。
「一緒にいたいに決まってるよ……」
そう言って縋りつくようにさわちゃんに抱き着くと、優しく髪を撫でられた。
だけどしばらくして髪を撫でる手が止まった。
「前と比べるとね、唯ちゃん変わった。大人っぽくなったし、それに……」
私の目を見ながらさわちゃんは言う。
「嘘吐くの上手になった」
どくんどくんと心臓が鳴る。
ぎゅっと目を瞑って違う違うと何度も自分に言い聞かせる。
初めはそれでよかった。
嘘が上手くならないとさわちゃんと一緒にいられない。
だから、いつの間にかそのことばかりに気を取られていたんだと思う。
私は不器用だし、何より二つのことを上手くできないから。
だけど、嘘が上手くなっていく自分が怖かった。
そしてもしこれまで積み重ねてきた嘘がばれたとき、私とさわちゃんは一体どうなるんだろうという不安。
全部、私の我儘だ。
わかっているのに、我慢できそうにない。
自然と涙が溢れてくるのがわかった。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 02:35:53.50 ID:7L728IKno<>
「私もね、初めはそれでいいって思ってた。だけど、今の唯ちゃん見てると……駄目ね。何だか無理してる気がする」
さわちゃんは私の涙を拭う。
強く抱き締められて、私の嗚咽がくぐもった。
「たくさん嘘吐かせちゃってごめんね……、辛かったでしょ」
私がどうしたいかなんて、さわちゃんにはお見通しなんだ。
さわちゃんだって、私にどうしてほしいかなんてわかってる。
「……しばらく会わないほうがいいと思うの」
近いところで聞こえるさわちゃんの声は少し震えていた。
ああ、そっか。
さわちゃんも辛いんだ。
「さわちゃん……、ごめんね……」
私たちはもう次に会う約束をしなかった。
学校の外で次に会えるのは一体いつになるんだろう。
まだまだ長い休みが続くというのに、私の心は憂鬱だった。
憂鬱だったけど、失ったものを取り戻さないといけないという気持ちもあった。
それに、さわちゃんと天秤にかけられない大切なものがたくさんあるということも知った。
「私と居ることに使った時間……、これからはみんなに使いなさい」
多分、相手がさわちゃんだったから気付けたんだと思う。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 02:38:36.84 ID:7L728IKno<>
【9月1日】
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 02:42:25.10 ID:7L728IKno<>
始業式のために講堂に向かう。
ぐるりと周りを見渡して、先生たちの列を目で追っていく。
夏休みが明けてもさわちゃんは何一つ変わっていなかった。
式の間は校長先生の長い話をぼうっとしながら聞き、たまにちらりとさわちゃんを見ていた。
さわちゃんはじっとその長い話を聞いていた。
時折、長い髪を耳にかける仕草がたまらなく綺麗だった。
********************
「あー、長えよ。そもそも校長の話なんていらないよな。もうちょっと短くまとめられないのか?」
「まあまあまあまあ」
「……4回」
教室に戻る途中でりっちゃんが始業式の愚痴を漏らしていた。
ムギちゃんはにこにこしながらそんなりっちゃんを宥めている。
「あ、さわちゃんじゃん」
心臓がどくんと跳ねる。
りっちゃんが指差した先からさわちゃんが名簿を持って歩いてきた。
「さわちゃん、久し振りー」
「久し振りね。みんな元気だった?」
さわちゃんに会うのは一ヶ月……いや、それ以上ぶりだ。
かける言葉が何にも見つからない。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 02:47:25.50 ID:7L728IKno<>
「今日は部活にくるの?」
「もっちろんよ。ムギちゃんのお菓子が久し振りに食べたいわ」
「うふふ。ちゃんと用意してまーす」
私はさわちゃんと目を合わせることができなかった。
りっちゃんとムギちゃんが話をしているのをただじっと聞いていた。
なんでだろう。前はこんな感じじゃなかったのに。
「唯ちゃん?」
「は、はっ、はい!?」
急に名前を呼ばれたものだから驚いて声が裏返る。
「おーい、どうしたんだ唯、慌てちゃって」
「な、なんでもないよぉ……」
「久し振りに私と会えたから嬉しいのよね〜」
「ちっ、違います!」
「あらあらまあまあ」
本当はとっても嬉しかった。
何より、さわちゃんから声を掛けてくれたことが。
だけど、やっぱり一ヶ月以上会ってなかったから。
嬉しいよりも恥ずかしいっていう気持ちの方が大きくて。
「唯、顔真っ赤だぞ」
「え、う、嘘?あ、暑くない?ここ」
「そうか?」
それに、以前の私に戻れたような気がした。
そう思ってちらりとさわちゃんを見ると、さわちゃんも笑っていた。
これでよかったんだ。
私はそう自分に言い聞かせてみんなと笑うさわちゃんを見ていた。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 02:49:59.26 ID:7L728IKno<>
【9月13日】
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 02:55:32.00 ID:7L728IKno<>
ギー太を背負って家を出る。
今日から学祭の練習だ。
さわちゃんとは連絡の取らない日が続いていた。
元々、さわちゃんはあんまり連絡をしてこない人だったから特別寂しいとは思わなかった。
それに連絡してしまえば、甘えてしまうことを自覚していたから。
だけど、これが日常になりつつあるのが怖い。
どこかで期待している自分がいる。
距離を置いているだけ、って。
さわちゃんなら大丈夫だ、って。
ずっと待っていてくれる、って。
私の勝手なこの期待は一体いつまで持つんだろう。
それにさわちゃんは私のこと、今はどう思っているんだろう。
せっかく元の私に戻れた気がするのに、何だか変だ。
さわちゃんとの距離が徐々に開き始めているような気がする。
部室に着いて皆といても不安は拭えなかった。
あんなに楽しいはずのお喋りも上の空だ。
「あー、ちょっとすごい話があるんだよ」
りっちゃんが何やら新しいネタを提供してくれるらしい。
私は気を紛らわそうと「なになに?」といかにも興味深く尋ねてみる。
「この間、学校の帰りにさわちゃん見たんだ」
嫌な予感がした。
カップを持つ手が震える。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 02:59:50.31 ID:7L728IKno<>
「何か知らない男の人と楽しそうに喋っててさ、とてもじゃないけど声掛けられなかったよ」
私は口をつけていたティーカップから唇を離し、「嘘」と呟いた。
その声は誰にも聞こえていなかったみたいで、私は震える指先を隠すように両膝の上に置いた。
「それ本当なんですか?」
「もっちろん。この目で見たからな」
嫌だよ。
「彼氏かな?」
やめて。
「多分そうじゃないか?あの年じゃ彼氏いないほうがおかしいくらいだよ」
聞きたくない。
「まあ、さわ子先生美人だしな」
どうして。
ねえ、さわちゃん。
「ちょっ……、唯?!」
きつく握り締めた両手が両膝の上で震えていた。
涙が零れないように唇を噛み締めていたはずなのに、それでも次から次へと涙が溢れてくる。
「唯先輩、どうしたんですか?!」
駄目だ。
ずっと隠してきたんだ。
この二年間、ずっと。
「ご……ごめんね、お腹痛くなっちゃって……」
「おい、大丈夫なのか?」
「保健室行く?」
「ううん……、大丈夫……ありがとう」
また一つ、嘘を吐いた。
本当に痛むのははお腹じゃなくて胸だ。
胸のずっと奥深くにある温かい場所に一気に冷水を流し込まれたような感覚だった。
結局その日の部活はお開きになってしまった。
みんなは最後まで私を心配してくれていたけど、私はずっと上の空だった。
帰り際、りっちゃんに明日の予定を聞かれた。
何もないと答えると「少し話がしたい」と言われた。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 03:02:41.85 ID:7L728IKno<>
【9月14日】
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 03:06:06.10 ID:7L728IKno<>
指定されたファミレスに向かうと、りっちゃんは予定よりも早く席に着いていた。
「ごめんな、急に呼びだして」
「ううん、私のほうこそ昨日はごめんね。みんなに迷惑かけちゃった」
「とりあえず何か頼めよ」と言われたので、ドリンクバーを注文した。
いつもより少し多く氷を入れてしまったアイスティーを持って席に戻った。
「あのな、ずっと聞きたかったことがあるんだ」
「何?」
「さわちゃんと何かあったのか?」
一瞬で口の中が渇いた気がした。
喉を潤そうとコップに手を掛けたけれど、結露で指が滑る。
りっちゃんと話をするのは二回目だ。
夏休みのあの日以来。
あのときは私の嘘が通じた。
だけど、今は。
「……やっぱり。黙ってるってことはそうなんだな。昨日も変だと思ったよ」
もう嘘の上手な私には戻れなかった。
せっかく今まで隠してきたのに。
私の頭の中にさわちゃんとの思い出が浮かんでいく。
だけど、終わらせたくないという思いの反面、終わらせるきっかけになるかもしれないとも思った。
――――さわちゃんに彼氏がいるかもしれない
私だけだったのかな。
私たちの関係がまだ「続いてる」って思ってたのは。
何だか悔しくて、窓の外を見ながら喉の奥から込み上げてくる震えをぐっと堪えた。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 03:10:05.87 ID:7L728IKno<>
「実はさ、唯とさわちゃんが二人でいるとこ、今までにも何回か見てたんだ」
りっちゃんが私とさわちゃんを見たのはあの日だけではなかったらしい。
あの日はたまたま澪ちゃんと一緒にいたから直接確かめてみようということになったらしく、それ以外の日にも目撃はされていたようだった。
きっと、りっちゃんの目には楽しげに笑う私の姿が映っていただろう。
私はさわちゃんと一緒にいる時が何よりも幸せだったから。
「ねえ、りっちゃん……」
「大丈夫。誰にも言ってないよ。もちろん、澪にも」
「そっか……」
気休めにアイスティーを飲む。
氷を入れ過ぎていたせいか、その味は少し薄く感じた。
「なあ……すごく言いづらいんだけど、先生と休日まで関わるってあんまり良いことじゃないと思うぞ。さわちゃんは先生だし……」
「うん……」
「ギターの練習だけなら、学校でもできるだろ?それじゃダメなのか?」
「…………」
「あと……、まさかとは思うけどさ……そういう関係、ってわけじゃないよな」
そういう関係、という言葉に思わず眉を顰めてしまう。
りっちゃんの表現からしてあまり快く思っていないことがわかった。
「……どうして?」
「昨日、さわちゃんの話出したときの取り乱しっぷり、普通じゃなかったから。それで……もしかしたら、って」
「じゃあ、もし……もし、そういう関係だって言ったら……りっちゃんはどうするの?」
「どうする、って?」
「……『別れろ』って言うの?」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 03:16:39.62 ID:7L728IKno<> 愚問だ。
りっちゃんは何にも関係ないのに。
りっちゃんは少し間を空けた後、静かに言った。
「言わないけど、そう思うかな」
りっちゃんは私とさわちゃんを擁護するような綺麗事を言わなかった。
私自身が何を求めていたのかは知らない。
だけど、何だか嬉しくて、悲しかった。
自分でもよくわからない。
「さわちゃんのためにも、唯のためにもそうしたほうがいいって思う。最低でも唯が学校を卒業するまでは」
りっちゃんはまっすぐに私の目を見て言った。
「私だって二人のことは大好きだし、できることなら力になりたいよ。だけど……他は、そう思わない人の方が多いんじゃないか?」
「うん……そうだよね」
「だけどまあ……これは二人の問題だから、二人で一回話合ったほうがいいと思う」
私はりっちゃんと別れてから、すぐにさわちゃんに電話した。
「さわちゃん、ちょっと話がしたいんだ」
『わかったわ。あ……でも今日は少し忙しいから、明日でもいい?』
「……うん、わかった」
ねえ、忙しいって何?
前はどんなに用事があっても、時間を空けてくれてたじゃん。
りっちゃんから聞いた話が頭を過ぎり、悔しさと悲しみが入り混じった感情が込み上げてきた。
あんなに大好きだった人の声なのに、前みたいにどきどきすることもなかった。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 03:19:49.76 ID:7L728IKno<>
【9月15日】
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 03:23:18.81 ID:7L728IKno<>
この部屋に入ったのはいつぶりだろう。
多分、二ヶ月も経っていないと思うけど、まるで何年も来ていなかった場所のようにさえ感じた。
さわちゃんはキッチンでお湯を沸かしていた。
ティーカップを二つ用意して、片方に角砂糖を三つ、もう片方に一つ入れている。
そして角砂糖が三つ入ったほうのカップにティーバッグを入れてお湯を注ぎ、温めた牛乳を三分の一くらいまで入れた。
いつもこうだ。
さわちゃんは二つのカップを準備するくせに、私のほうから紅茶を作る。
キッチンに立っているさわちゃんの背中は何だか寂しげに見えた。
少し前までは私が何か喋って、さわちゃんがそれに対してふざけて答えて……そして二人で笑ってたのに。
「練習は順調なの?」
さわちゃんが口を開いた。
どうしてここに来て部活の話になるんだろう。
「うん。頑張ってるよ」
違う、話したいのはこんなことじゃない。
昨日の私はちゃんと覚悟を決めていた。
なのに、本人を目の前にすると途端に何にも言えなくなる。
さわちゃんは紅茶の入ったティーカップを一つ、私の前に置いた。
いつものミルクティーだ。
そう……いつもの。
初めてこの部屋にきたときも同じものを飲んだ。
紅茶が苦くて飲めない、という私にさわちゃんはじゃあ多めに砂糖を入れればいいじゃないと言って角砂糖を三つ入れた。
私は入れ過ぎだとさわちゃんを咎めたけど、実際に飲んでみると美味しくて、素直に美味しいと言えなかった記憶がある。
その記憶も全部、さわちゃんと過ごした日々の中にある。
「……、美味しい……」
涙が流れる。
私は震える指先でカップを置いた。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 03:39:33.08 ID:7L728IKno<>
「ごめんなさい……、りっちゃんに……嘘吐けなかった……」
本当は、さわちゃんを咎めたかった。
「一緒にいた男の人って誰?」って、「もう私のこと好きじゃないの?」「別れよう」って、直接言ってやりたかった。
だけど、結局口を吐いて出たのはさわちゃんに許しを請う言葉だった。
私たちにとって、本当の別れの言葉だった。
さわちゃんと付き合うって決めた日、私はさわちゃんと一つだけ約束を交わしていた。
もしも誰かに関係を知られてしまったときは、“別れる”って。
――――たぶん、それが今日になる。
静寂に包まれる部屋。
壁際にある時計だけが規則正しく動いている。
「私も……唯ちゃんに言わなきゃいけないことがあるの」
顔を上げてさわちゃんを見る。
「お見合い勧められて……実際、その人にも会った」
「さわちゃん……」
「最低でしょ……、だからこれでよかったの。……唯ちゃんが謝ることないのよ」
さわちゃんはそれ以上何も言わなかった。
ただ、こんなにも冷たく話すさわちゃんを見たことがなかった。
「やだ……」
こんなに近くにいるのに、さわちゃんをこんなにも遠くに感じたのは初めてだった。
「やだよ、さわちゃん……、別れたくない……!」
我儘だってわかってる。
約束も守ろうとしない私は、さわちゃんの目にどう映ってるんだろう。
昨日までの覚悟と感情は、さわちゃんに会ったことで全て都合よくリセットされた。
好きだ。
さわちゃんが、大好き。
今更になって、改めてそう感じるなんて。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/08/28(日) 03:40:09.10 ID:WDGhgIxSO<> 期待 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 03:49:29.34 ID:7L728IKno<>
「唯ちゃん」
さわちゃんは諭すように私の指を離そうとした。
聞き分けのない子供のように、私もそれに力で対抗する。
「じゃあ、どうすればいいの?!」
「唯ちゃん……」
「どうすれば一緒にいられるの?!ねえ!」
私は掴んでいた腕を離し、さわちゃんに掴みかかった。
「さわちゃん……、その人のこと好きなの……?」
「違う……」
「私だけ……、私だけさわちゃんのことが好きだったの……?」
私は泣きながらずるずるとその場に倒れ込んだ。
「違うわ」
さわちゃんの声がいつもより強くなって、それからきつく抱き締められた。
「私は今でも唯ちゃんが好き」
初めてだった。
「私だって……、別れたくなんかないわよ……」
さわちゃんが泣いているのを見たのは。
唇を重ねられて、私はその言葉を信じた。
今までずっとキスをするときは全部私からだったから。
最後の最後までさわちゃんは私よりもずっと大人だった。
「さわちゃん……」
さわちゃんは唇を離すと名残惜しそうに私の唇を親指で拭った。
涙に濡れた瞳が綺麗で、ぼうっと見つめているとさわちゃんは寂しそうに微笑んだ。
「だけど、約束は約束」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 03:56:38.27 ID:7L728IKno<>
…………約束はやっぱり守らないといけない。
「じゃあ……」
私はさわちゃんの肩を掴んでそのまま押し倒した。
「私……、明日から生徒に戻る」
やっぱり、嘘は苦手だ。
私、何でこんなこと言ってるんだろう。
「だから今日だけ……、一緒にっ……一緒にいてもいい……?」
私の涙がさわちゃんの頬に落ちた。
上から見下ろしたさわちゃんはやっぱり綺麗だった。
さわちゃんは未だ泣き止まない私を抱き寄せ、あやすように髪を撫でてくれた。
「唯ちゃん……」
そして、さわちゃんはかけていた眼鏡を外して床に置いた。
この光景を私は今まで何度も見てきた。
だけど、それも今日で最後だ。
ねえ、さわちゃん。
明日、いつも通り笑えるかな。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 03:57:38.80 ID:7L728IKno<>
【9月16日】
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 04:03:05.10 ID:7L728IKno<>
朝起きると瞼が腫れていた。
洗面所で顔を洗って鏡を見たけれど、それはもう酷いものだった。
今日、憂が先に登校してくれていたのが唯一の救いだった。
昨夜は自分の部屋で声を押し殺して泣いた。
本当は大声を上げて泣き叫びたい気分だったけど、憂がいたから我慢した。
泣きすぎてエネルギーを使った所為か、お腹だけは異様に空いていた。
憂が作ってくれていた朝食を胃に詰め込んでから鞄を引っ掴んで家を出る。
学校になんて行く気分じゃないのに、習慣っていうものにずるずると引き摺られている。
周りを見ると同じ制服を着た桜高の生徒が朝から楽しげに話しながら歩いている。
昨日までの私の笑顔はたぶん、その中に溶け込んでいた。
私は踵を返して人の波に逆らって歩いた。
やっぱりいつも通りになんて振る舞えそうになかった。
近くの公園のベンチに腰掛ける。
平日だからか誰もいない。
小鳥が鳴いているのが聞こえる。
携帯の時計を見ると既にホームルームが始まっている時間だった。
あと、メールが数件。
みんなはきっと寝坊か何かだと思っている。
かといって話せる理由もないからそれはそれで都合が良かった。
その中にさわちゃんの名前はなかった。
期待なんてしてないはずなのに、寂しかった。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 04:08:34.79 ID:7L728IKno<>
********************
お昼ごろまで時間を潰し、何もすることがなくなった私は漸く学校に行く決心がついた。
だけど、部活のことなんてすっかり忘れていたから自宅にギー太を置いてきてしまっていることに気付く。
学祭はもうすぐなのに。
重い足取りで校舎に入り、教室のドアを開ける。
「あ、唯!」
「唯ちゃん、大丈夫だったの?」
「メール返ってこないし、心配したんだぞ!」
「憂ちゃんからも連絡あったのよ。どこ行ってたの?!」
入るや否や、色んなところから声が聞こえてきて応対できなかった。
りっちゃんとムギちゃんが私を見つけて駆け寄ってくる。
違うクラスのはずなのに、何故か澪ちゃんと和ちゃんまでいた。
私がいなかったのはたった半日なのに。
それなのにどうしてみんな、そんな心配そうな顔をしているんだろう。
「最近、遅刻することもなかったからさ、大丈夫かなって話してたんだ」
「憂ちゃんには私から連絡しておくから」
みんなの顔を見て、思わず泣きそうになった。
みんなはいつも私のことを心配してくれていた。
なのに、私はずっとみんなのことを二の次にした。
メールだって電話だって、自分の都合ばかり優先して返事もしなかった。
これは今日に限ったことじゃない。
…………最低だ。今更気が付くなんて。
「……ゆ、唯?」
「……ごめんね、みんな……、ギー太忘れてきちゃった……」
情けなかった。
これまで一年とちょっと、私は色恋に浮かれて周りを見失っていた。
その上、その事実を誰にも話すことなく、ギー太の練習もないがしろにした。
なのに、みんなはいつも私を気遣ってくれていた。
嘘ばかり吐いていた私に、いつも笑顔で接してくれた。
「いいよ、今日は休みにしよう」
頭上で一つ、声がした。
澪ちゃんの言葉に「えっ、マジ?」というりっちゃんのいかにも嬉しそうな声が聞こえて、すぐさま澪ちゃんが「喜ぶな」と制している。
久し振りに見た、いつもの光景。
「唯、何があったのか知らないけど……私たちならいつでも頼っていいんだぞ」
顔を上げると澪ちゃんが優しく笑っていた。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 04:13:53.51 ID:7L728IKno<>
その日の放課後はみんなで他愛のない話をした。
いつもの放課後だ。
そうだ、こんな感じだった。
みんなといる放課後ってこんなに楽しかったんだ。
みんなといる空間の心地良ささえも忘れていた私は、よっぽど周りが見えていなかったんだと思った。
帰り道、いつもの場所でりっちゃんと澪ちゃんと別れようとしたら、りっちゃんが澪ちゃんに両手を合わせて何か言った。
澪ちゃんはりっちゃんを見て頷くと「じゃあ唯、また明日な」と言って一人帰って行く。
それを見たムギちゃんとあずにゃんも私たちに手を振って背中を向けた。
「りっちゃん?」
「今日は唯とデートしたい気分なんだよ」
意味ありげな含み笑いを浮かべながら、「別れたんだろ」とりっちゃんは言った。
「なんか……ごめん。私が別れさせたみたいになって」
「ううん、仕方ないよ。それに……さわちゃん、お見合いしたんだって」
「……お見合い?!」
閑静な住宅街にりっちゃんの声が響く。
りっちゃんは慌てて口を手で塞いだ後、「それってマジなのか?」と聞いた。
頷くと「まあさわちゃんもいい年だしな」と言ってりっちゃんは笑った。
しばらく歩いていると、不意にりっちゃんが口を開いた。
「……だけど、唯」
りっちゃんの真剣な表情に思わず言葉が詰まった。
足を止めるとりっちゃんも立ち止まり、そして私に言った。
「唯はもういいのか?」
「え?」
「諦めるのか、ってこと」
どういう意味だろうとりっちゃんを見ると、困ったように笑っていた。
「別れさせたくせに、って思ってるだろ」
「……思ってなくはない」
本音を言うと、りっちゃんの言葉がなければあのまま関係を続けていたと思う。
それが良いことなのか悪いことなのかはわからない。
少なくとも、当人同士の問題ならば前者で、他人から見れば後者なんだろうけど。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 04:19:14.08 ID:7L728IKno<>
複雑な気持ちに何にも言えないでいると、りっちゃんは悪戯気に言った。
「んー、だけど私は『最低でも唯が卒業するまでは』って言ったからな?」
その言葉にはっと顔を上げるとりっちゃんは微笑んだ。
「言わなかったけどさ、今日、さわちゃん学校休んでるよ」
「……え?」
「部室にも来なかっただろ?」
確かに今思えば今日、学校で一度もさわちゃんを見なかった。
私に周りを見るそんな余裕がなかったっていうのもあるけれど、りっちゃんの言葉に気付かされる。
「私はそれでお二人さんに何があったか確信したんだけど」
そう言って空を見上げるりっちゃんにつられて私も上を向いた。
もうすっかり日が暮れてしまっていた。
昨日、さわちゃんのマンションから帰るときも同じ色の空を見た。
別れ際に見たさわちゃんはいつもと何にも変わらなかった。
私はずっと泣いていたけど、さわちゃんはそんな私をただ宥めるだけだった。
あんなに私のこと子供扱いしてたくせに。
さわちゃんのほうがずっと子供じゃん。
やっぱり大人の心は読めない。
急に橙色の空が滲みだして、これじゃダメだとぐっと目頭を拭う。
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 04:24:24.67 ID:7L728IKno<>
「さわちゃんも辛いのかもな」
りっちゃんはそう言った後、ぽつりと続けた。
「卒業するまで待っててもらえよ」
りっちゃんは足元に落ちていた小石を蹴った。
ころころと転がって、数歩先で止まる小石を満足気に見下ろした後、私を見て笑った。
「じゃないとさわちゃん、誰かに盗られちゃうぞ?」
私はりっちゃんが蹴った小石を、少し強く蹴った。
「……それは嫌だ」
自惚れてもいいのかな。
吹っ切れていないのは、私だけじゃないって。
そしたらまた少し、頑張れる気がする。
「りっちゃん……、ありがと」
「おう」
昨日と同じ夕焼け空の下を歩きながら、昨日とは違う気持ちの自分を見つけた。
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 04:26:31.39 ID:7L728IKno<>
【9月17日】
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 04:31:10.29 ID:7L728IKno<>
1限目と2限目の間、廊下を歩いているとさわちゃんの背中を見つけた。
「さ、さわちゃんっ」
咄嗟に声を掛けてしまい、思わず後悔する。
周りを見ると授業を終えた生徒で溢れ返っていて、ここで話なんてできないと思った。
「どうしたの?」
「き……昨日、学校お休みしてたって聞いて……」
「大丈夫?」と当たり障りのないことを聞くと、さわちゃんは笑って「大丈夫よ」と言った。
だけど何だかいつものさわちゃんじゃなかった。
「それより、練習はちゃんとやってる?」
「あ……、昨日はお休みだった」
「どうして?」
「私が……ギー太忘れちゃって」
さわちゃんは困ったような顔をした。
「もうすぐ学祭なのよ?」
「わかってるよぉ……」
そのとき、廊下に溢れていた人達がざわざわと教室に戻り始める。
さわちゃんは腕時計で時間を確認すると、「次始まるからまたね」と言った。
私も頷いて、元きた道を戻る。
何にも話せなかった。
2限目の授業は何にも頭に入ってこなかった。
さわちゃんのことが気になってしょうがない。
元気がないというか、何かに悩んでいるようなそんな感じ。
それに、どこか私を避けているような感じがする。
わざと距離をとって接しようとしているような気がする。
別れたから、当たり前なのかもしれないけど。
結局、答えなんて見つからないまま昼休みを迎えた。
それからは午後の授業、部活、帰宅といういつもの時間を過ごした。
だけど、部活から帰宅までの間、さわちゃんに会うことがなくなった。
私の日常の変化は、たったそれだけだ。
たったそれだけなのに、ぽっかりと大きな穴があいてしまったような感覚が拭えない。
やっぱり、さわちゃんの存在は大きかった。
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 04:32:32.99 ID:7L728IKno<>
【10月7日】
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 04:39:57.26 ID:7L728IKno<>
学祭に向けてのラストスパートといったところだろうか。
バンドの練習にも今までになく力が入っていて、しばらくの間あまり休みがなかった。
だからなのか、りっちゃんが「明日一日は休み!」と言った途端、みんなが声を上げたくらいだ。
練習賛成派の澪ちゃんやあずにゃんまで喜んでいたのだから、私たちの練習量がいかにすごいものだったのかわかった気がした。
帰る途中、携帯電話が鳴った。
画面に表示された名前を見て驚いたけれど、とりあえず出ることにする。
「も……もしもし」
『ごめんね、急に。今大丈夫?』
「うん」
あれからさわちゃんと私はお互いに距離をとって過ごしていた。
廊下で会話をして以降、何故かよそよそしい感じになってしまっていた。
「どうしたの?」
『うーん……、ちょっと話したいことがあるんだけど明日時間取れない?』
さわちゃんの口調は先生そのものだったから、私はおそらく学校関係のことだろうと踏んだ。
だけど何だろう。
音楽の授業は真面目に受けてるつもりだし、部活のことなら部長のりっちゃんがいるんだけど。
「じゃあ、明日の放課後でもいい?」
『あれ、部活は?』
「最近めちゃくちゃ練習してたから、久し振りのお休みだよっ!」
『そう……、頑張ってるのね』
さわちゃんは「じゃあ明日の放課後、職員室に来て」と言った。
私は二つ返事をして、携帯電話を閉じた。
思えば、さわちゃんからの電話って初めてだったかもしれない。
さわちゃんから掛けてくるくらいだからきっと急ぎの用事なんだろう。
欲を言えば、付き合ってるときに掛けてきて欲しかったな。
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 04:42:12.12 ID:7L728IKno<>
【10月8日】
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 04:50:07.20 ID:7L728IKno<>
4限目が終わり、私は職員室に向かった。
ドアを開けようとしたところでばったりとさわちゃんに出会う。
「び、びっくりしたぁ」
「私も」
お互いに胸を押さえているのが何だかおかしくて少し笑った。
「で、どうして私、呼び出されたの?」
ちょっとおどけたような口調で言うと、さわちゃんは一瞬だけ寂しそうな顔をした。
どうしたんだろうと思っているとすぐに元の表情に戻ったから、気のせいかなと思うことにした。
「今から時間ある?」
頷くと、さわちゃんは「ここではちょっとね」と困ったような顔をして歩き出した。
私はさわちゃんの後を追った。
********************
隣を見る。
私はこの角度から何度もさわちゃんを見てきた。
だけど、その記憶はすっかり遠いものになってしまっている。
その時、ハンドルを握るさわちゃんの指に光るものを見つけた。
「さわちゃん……」
「ん?」
「あ……えっと、何でもない」
言えないのは、今の私にそんなことを言う資格がないと思ったからだ。
今の私はさわちゃんの生徒だ。
プライベートまでとやかく詮索する立場じゃない。
だけど、胸がぎゅっと締め付けられた。
それに、どうして今日さわちゃんが私を誘ったのかさえまだわからずにいる。
「さわちゃん、今日……」
「どうして私を誘ったの」そう聞こうとしたとき、ちょうど車が停まった。
ここはさわちゃんのマンションの駐車場だ。
意味がわからなくてさわちゃんを見る。
だってもう、そういう関係じゃないのに。
「さわちゃん……?」
「一年前……、覚えてる?」
「一年前……?、あ……!」
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 04:51:09.23 ID:7L728IKno<>
【9月11日/高校一年生】
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 04:53:54.46 ID:7L728IKno<>
生まれてからずっと一戸建てに住んでいた私にとって、マンションという存在はとても新鮮なものに映った。
「うわー、想像してたより綺麗な部屋!」
「どんな想像してたのよ」
「もっとぐちゃぐちゃかと」
背負っていたギターケースを適当に置いて、さわちゃんの部屋を物色する。
キッチンには色んな調理器具があって、リビングには普通の雑誌が置いてあって、ベランダには洗濯物が干されてある。
何か、本当に普通の部屋で拍子抜けしてしまった。
「それじゃ、早速練習するわよ」
「え、何の練習?」
「ギターと歌に決まってるじゃない。もう、しっかりして!」
それから無理矢理にギー太を担がされて、特訓が始まった。
――――――――――
【9月22日】
――――――――――
特訓を初めてから十日あまり経った。
結構上達したかも、なんて浮かれているとさわちゃんに見透かされてたり。
「……んー、ここはこうだっけ」
「違う、こうよ」
さわちゃんは口頭で指導するだけじゃなく、自らギターを弾いて教えてくれたりもしている。
そう、ただ純粋に私にギターを教えてくれている。
それだけ、なのに。
「……ほー」
「……唯ちゃん?聞いてた?」
「え?」
細い弦を弾く指先と、穏やかな表情でコードを抑えるその顔にいつの間にか見惚れてしまっていた。
私はギターの音色を聞くんじゃなくて、ずっとさわちゃんを見ていた。
「ちょっと、ぼうっとしないでよ」
「あ、ごめんなさい」
最近、少し自分が変な気がする。
さわちゃんのことを尊敬しているのは確かだし、やっぱり自分よりもずっとずっとギターが上手な人だから、なのかな。
それだけ、だと思いたい。
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 04:55:31.79 ID:7L728IKno<>
引き続きギターのコードを練習していると、じっと私の姿を眺めていたさわちゃんが急に立ち上がった。
「んー、ピックをもう少し軽く持ったほうがいいわ」
軽く、と言われてなんとなくピックを持ち直してみる。
「こう?」
「ううん、もう少しこう……」
すると、不意に手を取られた。
「ちょっと力入りすぎてるのよね……」
私の指先を持ったまま、いつもより少し小さな声で喋るさわちゃんを見て、何だかどきりとした。
さわちゃんは私の持つピックの角度が気に入らないらしく、何度も何度も人差し指と親指の位置を調整し始める。
「人差し指の側面にピックをのせて、親指で軽く押さえるの」
今、さわちゃんがすっごく近くにいる。
綺麗な先生だとはずっと思ってたけど、普段は特に何にも思わなかったし、意識することなんてなかった。
だけど今、こんなにも近くでさわちゃんを見て、改めて綺麗だと感じている。
伏せられた睫毛が何だか大人っぽくて、ピックがどうのとか喋っているけど、もう全然頭に入ってこなかった。
じっとしていなきゃいけないことがこんなにも辛いなんて。
部屋の静寂がより一層、私の緊張を高めた。
「こうしたほうが弾きやすいでしょ?」
「…………」
「唯ちゃん?」
「……あ、は、はい!」
何だったんだろう。
手くらい、指くらい、誰でも普通に触れられるのに。
なんだか、どきどきした。
それからまた練習を始める。
さっきまでの私は曲のコードのことで頭がいっぱいだったのに、今は別のことで頭がいっぱいだ。
そんな私の心の乱れをギー太がさわちゃんに伝えた。
「ストーップ。どうしたの、さっきより酷くなってるわよ」
「ご……ごめんなさい」
「うーん、ちょっと頑張りすぎたのかしら。休憩する?」
その日は休憩を挟んでも、私の演奏が普通に戻ることはなかった。
そして、やっとわかった。
ギターが上手だから、っていうのもあるけれど。
ずっとさわちゃんに見惚れてた理由は、それだけじゃなかったってこと。
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 04:57:25.65 ID:7L728IKno<>
――――――――――
【10月8日】
――――――――――
「……いいんじゃない?」
さわちゃんから初めてお褒めの言葉をもらった日、私は泣いた。
初めは嫌々始めた特訓も、日が経つうちにどんどん上達していくのがわかって楽しくなった。
楽しくなりすぎてついギターにも歌にも力が入ってしまい、隣に住んでいる人から苦情が入ったこともあったけど。
だけど、何にも知らなかった音楽のことが少しだけわかるようになった気がした。
「本番もこれでバッチリね。頑張りなさい」
「……うう…っ、はい」
「私の特訓、そんなに厳しかった?ふふ、ごめんね」
泣いている私の頭をさわちゃんが軽く撫でる。
違うよ。
今泣いている理由はそうじゃなくって。
私の声はすっかりしゃがれていて、練習の成果を物語る。
だけど、厳しいとは思わなかった。
私のために時間を作ってくれたさわちゃんに感謝しないといけないとさえ思っている。
じゃあ、どうして泣いてるんだろう。
「明日からはもう部活に戻っていいわよ」
いやーそれにしても長い間頑張ったわね――私のギー太をケースにしまいながらさわちゃんは言う。
長かった、のかな。
思えばそんな気もするし、そうじゃないような気もする。
早く終わって欲しい、初めはそう思ってた。
だけど、日が経つうちにそんなこと一つも思わなくなっていて。
練習量にも満足していた。多いわけでも少ないわけでもない適度な時間だったから続けられたんだ。
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 04:59:38.34 ID:7L728IKno<>
じゃあ、どうして。
どうしてもっとここにいたいと思うんだろう。
「……や、やだ……!」
ギターの練習でも、歌の練習でも何でもいい。
「ま、まだ完璧じゃないよ!」
「唯ちゃん……?」
「ギターだって、歌だって……まだ完璧じゃないよぉ……」
「…………」
「だから……っ、あと……あと一日だけでいいからっ……」
それが、さわちゃんとの時間を延ばせる口実になるなら。
さわちゃんは軽音部の顧問だ。
学校で会おうと思えば職員室に行けばいいし、放課後の部室に行けば必ず顔を合わす。
それなのに何が不満だというんだろう。
自分を無理矢理納得させようとしたけれど、涙はずっと流れたままだ。
自分でもよくわからない感情が体の中でぐちゃぐちゃと渦巻いて、気持ちを整理しようにもどうすることもできなかった。
ただ、何にも言えずに俯いたまま嗚咽を漏らした。
目の前に立っているさわちゃんの顔はよく見えないけれど、きっと困らせてしまっている。
いつも困らせてばっかりの私は、きっといい生徒じゃないんだろうな。
窓から差し込んでくる夕焼けが足元を照らして、床に落ちる涙を染めた。
「なんとなーく、気付いてたけどね」
「……、……」
「最近、唯ちゃんちょっと変だったし」
さわちゃんの声が少し近づいた。
ぐっと涙を拭って顔を上げると、さわちゃんは困ったように笑う。
「唯ちゃん、嘘つくの苦手よね」
「そ……そんなことないっ……」
「ほら、今も」
両頬に温かい手のひらが触れる。
心臓が忙しなく動いていて、どうにかなってしまいそうだ。
私の頬を撫でるように滑るさわちゃんの指の感触に思わず目を閉じる。
拭えるほどの涙なんて、もう残ってないはずなんだけどな。
だけど、すごく心地いい。
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 05:02:25.78 ID:7L728IKno<>
「初めは勘違いかなー、自意識過剰かなーとも思ったんだけどね」
一瞬、ほんの一瞬、視界が真っ暗になった。
同時に、今までに感じたことのない温もりと柔らかな感触が唇に広がる。
ぽかんと立ち尽くす私を見て、さわちゃんは笑った。
「合ってた?」
さわちゃんが私の下唇を親指でそっと拭う。
「不思議ね……、一度意識すると、私も唯ちゃんのことばかり考えるようになってたわ……」
さわちゃんに一体何をされたのか、何を言われたのかすぐには理解できなかった。
だけど、段々と状況を理解していくうちに、自然と涙が溢れてきた。
さっきまでとは違う涙だ。
きっと、さわちゃんは私が望んでいたことをしてくれて、その通りの言葉をくれた。
なのに、私に残っている最後の理性の欠片がそれを止めようとする。
「だけど……っ、さわちゃんは先生でしょ……」
嬉しい。
だけど、素直には喜べない。
だって、私とさわちゃんは同じ立場にいないから。
「そうね。先生だし、ましてや唯ちゃんは女生徒よ?手出したなんてバレたらクビが飛ぶのは間違いないし、もう一生女子高の先生なんてできないわ」
「……そうだよ」
「それに……唯ちゃんにだってそれなりの処分はあると思う」
高まっていた感情が段々と下がっていく。
付き付けられる現実に納得しなきゃと思う自分と、それでも一緒にいたいという我儘が交錯した。
いつになく真剣な声色と眼差しに頷くことも忘れて立ち尽くしていると、さわちゃんは言った。
「それでもいい?」
その瞬間、溜まっていたものが全て流れていった。
私は声にならない声でさわちゃんの名前を呼んで、目の前の身体に抱き着いた。
縋るように泣き続ける私を、さわちゃんはちゃんと受け止めてくれた。
「さわちゃん……、大好き」
きっとこれから沢山のことを隠して、周りに嘘を吐きながら過ごしていかなきゃいけない。
だけど、私は頑張りたいと思った。
どんなに辛くたってさわちゃんと一緒なら幸せだと、そう思ったから。
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 05:14:03.67 ID:7L728IKno<>
********************
「さわちゃん……」
一年前の今日。
私はさわちゃんの言葉でようやく思い出した。
そして、私が今日のことを覚えていないと気付いたときのさわちゃんの表情の意味も理解した。
じゃあ、今日さわちゃんが私を誘った理由って。
「何度も忘れようと思ったんだけどね……」
さわちゃんは小さく溜め息を吐いた。
「一度別れて、唯ちゃんだって毎日学校で頑張ってるのに、私もいい加減忘れないとって」
さわちゃんは前を向いたまま、ぽつりと言った。
「だけど、やっぱり忘れられなかった……」
「ごめんね」と言うさわちゃんの声は震えていた。
私は熱くなる目元を隠すように、視線を窓側へ向けた。
もしかしたらずっとさわちゃんは私よりも私のことを考えてくれてたのかな。
付き合ってるときはそんなこと思わなかったのに。
いや、思わなかっただけで私自身が気付けなかったのかもしれない。
私だけが、さわちゃんのこと好きだって思ってた。
今日は記念日なんだ。
私がさわちゃんに“好き”と伝えてから、ちょうど一年目の記念日。
さわちゃんはちゃんと、覚えててくれた。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 05:32:04.73 ID:7L728IKno<>
「……、さわちゃんっ……」
泣きたくないのに次々と溢れてくる涙が頬を伝う。
まるで一年前の自分に戻ったような感覚。
あの日の私もたくさん泣いて――だけど自分の気持ちはちゃんとさわちゃんに伝えた。
「さわちゃん……、あのね……」
だったら、今日もちゃんと言おう。
今日言わないと、さわちゃんが本当に遠くへ行ってしまう気がする。
「ずっと、言えなかったことあったんだ……」
私はさわちゃんの左手をとった。
久し振りに触れたさわちゃんの指は前よりも少し細くなったような気がした。
「私が卒業するまで待ってて欲しい」
やっと言えた。
「我儘だけど……、私はやっぱりさわちゃんとずっと一緒にいたいから……」
さわちゃんの薬指に光る指輪をそっと外して、傍らに置いてさわちゃんを見つめた。
そのまま手を握ると、さわちゃんの瞳が揺らいだ。
「さ、さわちゃん?」
目元を押さえて俯くさわちゃんにどうしようとうろたえていると、さわちゃんは顔を上げた。
そして光る目元を拭って、さわちゃんは小さく笑った。
「もう……、泣かせないでよ……」
さわちゃんはそう言って私をぎゅっと抱き締めた。
「さわちゃん……」
久し振りに感じるさわちゃんの温もり。
本当に心地良くって、やっぱり離れたくないと思った。
そして、大好きだって実感した。
さわちゃんの腕の中で私は小さく呟いた。
「……あと一年、か。長いなあ」
そしてふうっと溜め息を吐いて「待っててくれる?」と聞くと、さわちゃんはにっこりと微笑んで、
「ずっと待ってる」
と言ってくれた。
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 05:33:02.61 ID:7L728IKno<>
【3月1日/高校三年生】
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 05:36:13.19 ID:7L728IKno<>
窓から校庭の桜を眺めた。
蕾が少しだけ開き始めている。
卒業式を終え、ざわついていたはずの校舎にはもう誰も居ない。
だけど、その余韻はまだ私の中にも残っている。
教室には夕日が差し込み、全てを橙色に染めている。
りっちゃん、澪ちゃん、ムギちゃん、和ちゃんの机を順番に眺めてからみんなの笑顔を思い出す。
私は立ち上がって、傍らに置いていたギー太を背負った。
そして胸につけられた花飾りを見て、卒業証書を握り締めた。
教室を出て、ゆっくりと廊下を歩く。
三年間を過ごした校舎。
一つ一つの思い出を噛み締めるように、階段を下った。
外に出るとまだ少し寒いような、だけどいつもより温かな風が吹いていた。
そして、正門の先に見つけた背中に向かって名前を呼んだ。
「さわちゃん!」
振り返ったさわちゃんは、にっこりと微笑んで言った。
「卒業おめでとう」
そして私に向かって左手を伸ばした。
私はその手をしっかりと握り締めた。
それから二人で一緒に正門を抜けた。
正門を抜けたあともずっと、私たちは手を繋いでいた。
おしまい
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/28(日) 05:39:18.04 ID:7L728IKno<> 終わりです
気が付いたら夜が明けていたorz
ここまで読んでくれた人ありがとうございます
唯さわもっと増えろ! <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方)<>sage<>2011/08/28(日) 08:06:57.18 ID:o2KBoftKo<> あぁ おっさんも美少女に生まれたかったよ…
鬱だ死のう <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/08/28(日) 08:49:14.99 ID:nVB82/rDO<> おつ
昨夜見つけたがまさか完結してたとは…
いいもの見させてもらったよ
さわちゃんいいね <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/08/28(日) 12:39:21.94 ID:gKIafsAfo<> まさか和ちゃん死んだりしないよな <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/08/28(日) 12:39:59.19 ID:gKIafsAfo<> ごめん誤爆した
面白かったよ <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<><>2011/08/28(日) 14:54:00.64 ID:WDGhgIxSO<> 乙 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東)<>sage<>2011/08/28(日) 16:46:30.51 ID:ZZxx+9zAO<> 最高でした……自分じゃ書けない綺麗なお話だった。乙です <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/08/29(月) 05:18:05.24 ID:/x5HjH0DO<> これ圧倒的に胸熱!
甘えるのが得意な唯と教師のさわ子、唯梓の関係にも似てるし本来なら和さわ、紬さわより相性よさそうなのに何故に少ないんだろうな?
つくづく胸熱だった、またくれとしか言えないぜ。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/08/29(月) 12:40:16.53 ID:DOCKBSf6o<> 乙
珍しいカップリングだけど面白かった
また書いてな <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sagesaga<>2011/08/29(月) 23:56:32.78 ID:MdFobTaSO<> よかった
だが、唯さわが増えるなんてアリエナイ <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/08/30(火) 00:23:47.63 ID:8UWHvKQKo<> 大学編で唯が沢ちゃんにあこがれて教師目指してるし
これから来るよ <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/08/30(火) 04:49:09.30 ID:2oNpA1rDO<> だな、寧ろ良い組み合わせなのに和さわ紬さわばかりで唯さわが少ないのか <>
1<>sage<>2011/08/30(火) 17:31:01.69 ID:NpUbz/HXo<> 何か唯さわ評判よくて嬉しいよ
俺得カプだと思ってたし
正直もっと書きたいのは山々なんだけど、設定ってやっぱり原作に沿ったほうがいいのか?
個人的には大学生の唯に一人暮らしさせたいんだけど
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/ <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/08/30(火) 18:23:51.67 ID:8UWHvKQKo<> 好きにやっていいと思うよ
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/ <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sagesaga<>2011/08/30(火) 23:20:02.67 ID:7Ivd169SO<> お前の得なんかに興味はないけどな
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/ <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2011/08/31(水) 00:21:51.86 ID:7YfuU+Poo<> >>83
レスありがとう
じゃあまた機会があればスレ立てるわ
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/ <>